紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

夢のフシギ

僕には夢がある。希望がある。そして持病がある。

そういうアフラック的な話をしたいのではなくて、夜寝ている間に見る夢の話だ。誰しも夢は見ると思うが、私は人と比べても夢をよく見る方だと思う。そしてその内容を比較的よく覚えている。

その夢について、長年不思議な経験をし続けている。何かというと、私は生まれてから中3まで大阪の生家に住んでおり、そこから奈良に引っ越して、さらに大学進学を機に上京したのだが、夢に出てくる「自分の家」は、必ず生家なのだ。何年たってもそれは変わらない。100%生家。カナダに留学していたときも、イギリスに留学している今も、夢での家は生家。

別にその家が特別好きだったわけではない。狭くて古い家であった。今の実家のほうがよっぽど良い環境であり、気に入っている。それなのに、夢で新しい方の家が出てきたことは未だかつてないのである。

普段生家のことを思い出すことはまずない。なのにたまに、生家の最寄り駅の線路沿いを不審者に追いかけられて家を目指して逃げ、家の玄関の引き戸を閉めようとするが閉まらない、というような変な夢を見ることがある。不思議なことに、それをずっと繰り返していると、夢の中で生家が出てきたとき、「あーまた設定この家だよ。変だなあ。」などと意識のどこかで思っているのだ、寝ているのに。最近はさらに「もうこの家住んでないし、そもそももう存在しないんだけどな」などと思っている自分を意識しながら夢を見ている。

同じような変な夢はもうひとつある。今になってもう一回大学受験をさせられるのだが、受験の記憶はもうないから苦戦して成績が低迷する、という夢である。この夢についても、ある時から、「もうこの大学に受かっているのだから、これで不合格になったとしても関係ない」という新設定が加わったのである。じゃあそんな夢見せるなよ、と思うのだが、なぜか定期的に見る。よっぽど大学受験がしんどかったのだろうか。

夢というのはフシギなものだ。

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夢を食べるというバク。変な夢を食べてほしい。