紅茶の味噌煮込み

オックスフォード留学記

英米政治学Ph.D出願の記録⑤:出願先の選択

前回の記事はこちら

penguinist-efendi.hatenablog.com

前回までの記事では、出願に「先立つもの」としてのお金とスコアについて書いてきたが、今回はいよいよ博士課程に出願すると決めたところから、具体的にどの大学に出願するかを決めるまでについて扱いたい。

まず、アメリカやイギリスの大学の名前を、皆さんはどれくらい知っているだろうか。ハーバード、イェール、ケンブリッジ、オックスフォード。この辺りは留学など考えたこともない、という人でも知っているだろう。しかし、プリンストン、UCバークレーLSEとなってくると、これらの大学は多くの分野で世界的に有名であるにも関わらず、早くもあやふやになってくる人が多いのではないだろうか。ましてやデューク、ノースウェスタン、ウォリックなどになってくると、聞いたこともない人がほとんどだろう。何の事はない、私自身がそうだったし、周りの友人も皆そうであった。出願リストを作る前の段階で沢山の大学について把握していないことは、全く変なことではない。ただ、知らないだけになおさら、各大学についてのリサーチは入念に行う必要がある。

  • プログラムと教員のリストアップ

さて、出願を思い立ったら、まずはアメリカやイギリスにどんな大学があるのかを確認したい。イギリスの場合はこの作業はアメリカよりは難しくはないだろう。というのもやはりアメリカとイギリスでは大学の絶対数が違うし、それに比例して国際的に評価の高い大学の数も違うからだ。アメリカの場合、全国に「良い大学」が散らばっていて数も多い。名前もややこしい。さらに分野によって良い大学の顔ぶれも大きく変わる。なのでリサーチにはさらに時間がかかる。
アメリカの大学院を検索する時に、恐らくほとんどの人が参照しているのが、US NEWSが出している、Best Graduate Schools Rankingだ。

www.usnews.com

イギリスで同様のもの(大学院の専攻別ランキング)は見つけられていないのだが、イギリスの場合一般的な大学ランキングと社会科学のランキングがかなりの程度一致していて専攻別の差もそこまで大きくないような印象があるので、探すのもそこまで難しくはないのではないかと思っている。(私はアメリカ中心に探していて、それに加えてオックスフォードとLSEは受けておこうと深く考えずに受け、深く考え始めるとイギリスにやっぱり行きたいと思い始めて結局オックスフォードにしたので、正直現時点でイギリスの大学や学界についてそこまで知っているわけではない。むしろ入ってくる情報はアメリカの方が圧倒的に多い。)

こうしたランキングをチェックして、自分の分野ではどういった大学が高い評価を受けているのかをまずチェックしてみよう。意外と、誰もが知っているような大学なのに順位が低いとか、聞いたこともなかった大学が順位が高いとかいうことがあるだろう。

そうして全体像が分かったら、順番に各プログラムのウェブサイトをチェックしてみる。その大学にはどういう教員がいて、どういう研究をしているのか。興味のある先生はいるか。その大学の特色は何か。大学周辺は住みたいと思える環境か。そして各大学について、興味がある教員とその人に関する情報をまとめた表を作ろう*1

下は私が作っていたExcelファイルの抜粋である。職名を書いているのは、Assistant Professorの場合は任期付きなので数年で移動してしまう可能性が高いため、指導教員候補として選ぶには注意が必要だから、Ph.D取得年を書いているのは、あまりシニア過ぎると最近の学界事情に通じていなかったり、すぐにリタイアする可能性もあるので、これまた指導教員としては微妙だからである。ちなみに、太字にしている人がブラウンで私が指導教員候補として考えていた人だが、ちょうど出願準備中にAssociate Professorに昇進したので数年間は残ることになり、実際合格後にはこの人から連絡が来た。

大学 名前 職名 出身 Ph.D取得年 テーマ
Brown Robert Blair Assistant Professor Yale 2015 peacekeeping and statebuilding after civil war
Jordan Branch Assistant Professor UCB 2011 the history of the sovereign state system
Jeff Colgan Assistant Professor Princeton 2010 the causes of war and global energy politics
Richard Snyder Professor UCB 1997 the political economy of development

興味がある研究をしている教員が重要なのは、志望理由書(SOP)の最後のパラグラフなどに、「私は~~先生の研究に興味があって、一緒に研究したいです」などと書くのが通例であり、場合によってはそこで名前が出た先生に自分の書類が回ったりするためである。その先生がこの学生を受け入れたいと思えば、合格する可能性も高まる(といっても、アメリカの場合はイギリスほど個々の教員の決定力は強くないと思うが)。イギリスの場合、そもそもここでリストアップした先生の誰かに事前に直接連絡を取って、ある程度話を通しておく必要があるので、リストアップは死活的に重要である。

この表は一度作ったら終わりではなく、出願が近づいたらもう一度再チェックした方がいい。場合によっては当てにしていた教員が異動していなくなっていたりすることがあるためだ。私の場合は、ある大学で一番興味があった先生が出願する年の秋にいなくなっていたのに気づかずにその人の名前をSOPに書いたり、また別の大学で一番興味があった先生が翌年にいなくなったりした。人事は大体事前に決まっているので、その先生はどのみちその年学生を受け入れるつもりはなかっただろう。後者の場合は防ぎようがないが、前者の場合は定期的にチェックしていれば防げたはずである。

  • 出願先の選定基準

さて、リストアップが済んだら、次はいよいよどこに出すかを決める段階である。決める時期については、諸々の書類を作成する前にどこに出すかまで決めておかねばならない、というわけではなく、推薦状を依頼する10月~11月頃に最終決定していれば十分であろう。

出願先を選ぶ際の基準として、私が重要だと思うのは、①「強い」関心を抱ける研究をしている教員が「多く」いること、②財政的に豊かであること、③評価の高いプログラムであること、④今後数年住みたいと思える場所にあること、である。順序は、①が一番大事、その他はその人の人生観と個別的状況による。以下個別に見ていこう。

① 「強い」関心を抱ける研究をしている教員が「多く」いること

ここで前項のリストが役立ってくるわけである。各大学のウェブサイトの教員リストを漁っていると、大体その大学がどんな研究分野に強そうかとか、どういうアプローチで研究をやる人が多いかといったことがおぼろげに見えてくる。

出願先とするためには、教員リストの中に自分と相当程度重なる研究関心を持っている先生が、Associate Professor以上の職階を有するシニアすぎない教員1人を含めて合計3人以上いることが望ましい。この1人がコアになるわけだが、1人しかいないとその人がいなくなったら終わりだし、いても性格が合わなければ逃げ場がない。

何より大事だと思う理由は、数人関心が合う人がいるようなプログラムでないと、そもそも受からない可能性が高い(つまり出すだけ無駄になる)ということだ。特に自分が「今のアメリカ的な政治学のスタンダードなテーマ」をやっているわけではないと思う場合には、この点に注意が必要である(経験者は語る)。なお、イギリスについては人数はあまり関係がなく、指導教員と関心が一致していれば基本的に十分だと思われる。

② 財政的に豊かであること

お金は大事である。来年研究に専念できるお金が確保できるんだろうかと考えながら生きていくのは実に辛い。アメリカでも大学によっては、合格者の5年間の生活費を支給できない大学もあり、6年目の資金が出にくい大学もある。また、生活費以外にも、フィールドワークや学会のためのトラベルグラントが充実しているかどうかといった点も、後々効いてくる。一般的には、私立大学の方が、州立大学などよりも財政的には恵まれている場合が多いだろう。

③ 評価の高いプログラムであること

極端に言えば「有名なところに行け」ということになり、ものすごくミーハーに聞こえるが、結局みんなミーハーなのである。ハーバードやスタンフォードという名前のカッコ良さに抗える人はほとんどいない。そしてまさにみんなミーハーであるがために、往々にして、実際には評判ほど良いプログラムではなくても、有名な大学に優秀な人が集まる傾向がある。そしてアカデミアに就職する時点でも、有名大学のPh.Dほど少なくとも最初の職は決まりやすいと聞く。

日本でもそういう状況はあるのでイメージしやすいと思うが、例えば上の表で私がリストしたブラウン大学の教員は、全員イェールやUCバークレープリンストンといった、ランキングでトップ10に入る大学の出身者である。全米ランキングで40位程度のブラウン大学の出身者はブラウン大学にはほぼ就職できない。もちろん例外はあるが、こうしたヒエラルキー構造はアメリカにも存在し、アメリカン・ドリームはアカデミアでは望み難い。イギリスも同様。

また、非アカデミアの友達や家族・親戚と話をする時にも、誰も知らない大学に行くと言うのと誰もが知っている大学に行くというのでは反応も違うし、自己肯定感も違う。夢のない話だが、でもそれが結局人間の自然な感情というもので、多分一番論理的・合理的に物を考えるタイプの人々がいるであろうアカデミアにおいても、こうした要素が力を持つことは否定しがたい事実であると思う。気にしすぎるのは無論よくないが、気づかないふりをすると後々困ることになると思う。そういうのが全く気にならない、という確信を持っている人ならもちろん問題ない。どこに行っても結局後々評価されるのは論文に基づいてであり、シニアになってしまえばどこのPh.Dかなどと気にする人もいないだろう。でも、今後10年間ぐらいのメンタルヘルスにとっては、意外と重要な問題ではないだろうか。(もちろん私がオックスフォードを選んだ理由にも、こういう要素は少なからず働いている。)

④ 今後数年住みたいと思える場所にあること

これまた、「本質的」ではない点なのだが、Ph.Dは長い。アメリカだと短くて5年、長くて7-8年、イギリスだと短くて3年、長くて5年くらいかかる。もちろんそこにずっと住んでいないといけないわけではないが、実際には指導教員との面談の兼ね合いであったり、TAの関係であったりでその土地に住んでいなくてはいけない期間は長くなる。

研究のために留学すると言っても、そこには日々の生活がある。できれば気候が良い土地に住みたいし、食事も色んな選択肢があって、外国人にも優しくて、安全で、活気がある場所に住みたいし、時々は旅行にも行きたいだろう。パートナーがいる人なら、相手との兼ね合いもある。修行僧のような生活に何の抵抗もない人(これがアカデミアには実際に一定の割合でいるのだ)は気にしなくていいが、そうでなければこういった要素は無視しない方が良い。

私は個人的に、アメリカの大学を中心に出願しながらも、「アメリカに住む」ということが最後までどうもしっくりこなかった。そこに住んでいる自分が想像できず、あまり楽しそうにも思えなかったのだ。もちろん住めば都というのは経験からも分かっていることで、行ったら実際には楽しめたんだと思うのだが、頭のどこかでアメリカへの違和感を持ちながら留学準備をしていた。どこかこの問題を他人事のように思っていて、合格してから考えようと先延ばしにしているうちに、選択の時が迫ってきてその時初めて真剣に考え、結局イギリスを選んだ。対照的にイギリスは幼少時に1年住んでいた土地(記憶はないが)であり、オックスフォードは憧れの大学であり街であったから、そこで暮らすと想像しただけで心が浮き立ったのである。まあ、実際行ったら幻滅することも沢山あるだろうというのは、百も承知なのだけれど。

  • 出願校数と配分

アメリカの場合、出願大学数は、よほど少ない人でも5校程度、多い人では15校以上出す人もいる。標準的には、10校前後ではないだろうか。アメリカ人よりも留学生の方が出す校数は多い傾向にある(受かりにくいため)。多くても2・3校に絞り込むのが普通の日本の大学院入試から見れば、この数は異常にも見えるかもしれないが、それだけアメリカの大学院の入試は出願者数も多く、落とされるのが普通、という面があり、また日本のように「事前にこの先生から色好い返事をもらっているから恐らく受かるだろう」という目算も立たないということだろう。逆に、ラボの先生と事前に連絡を取ることが一般的な自然科学系の分野では、出願校数も少なくなると聞く。イギリスの場合、日本と同じように指導教員と事前にコンタクトを取るし、そもそも大学数もそんなに多くないので、校数はそれほど膨らまないと思われる。

全部で10校出すとして、候補となる大学がそれ以上ある場合に、どこを選べば良いのかという点だが、基本的には教員の研究関心とのマッチでランキング上位から順に決めればいいと思う。ただ、よほど自分の競争力に自信がない限り、10校全部ランキングトップ10の大学で占める、というのはやめた方がいい。全部落ちるというのは特に留学生のPh.D出願ではよくあることだ。トップ10の大学3-5校、トップ20-30の大学2-4校、それ以下のすべり止め1-2校といったところが妥当ではないだろうか。

私は最初、20校ぐらいとにかく沢山出そうと考えたことがあるのだが、これは全く意味がない。出願先を増やせばどこかに引っかかる可能性は必然的に上がると考えがちだが、そもそも研究関心が合う先生があまりいないような大学に出してもまず受からないし、競争率の低い大学なら受かるかもしれないが、受かってもそこに本当に行きたいだろうか?受かったら行くと言えるような大学、かつ研究関心が合うと確信できる大学にのみ出すのが、最適な選択だと思う。言うは易く行うは難しだが・・・。

面白いのは、リストアップしている時に「ここはマッチするから受かりそうだな」と思っていた大学には意外と本当に受かるということである。私がリスト作りの最中で一番次々と関心の合う教員が見つかったのは、ノースウェスタンであり、その次がブラウンだった。ノースウェスタンはトップ20程度、ブラウンは40位程度なので、競争率はトップ10より低いという事実はあるのだが、やはり関心が合う教員が多ければSOPも充実したものになるし、Writing SampleやSOPへの先方の評価も高くなるという要因も大きいように思う。逆にもっと有名な大学に「あわよくば」という感じで幾つか出したが、それらは全部落ちた。

そもそも私の研究関心は、「最先端」のアメリカの研究の流れとは逆行するような、質的で歴史的なものであり、「最先端」を担っているアメリカのトップ大学の方向性とは一致しないものだった。そのため、「トップ大学には沢山教員がいるから関心が被る人も多いはずだ」と思って張り切ってリストアップしようとしたら、驚くほど少なくて驚いた記憶がある。だから、こうした大学に合格しないことは今にして思えばある程度必然であった。一方、合格したノースウェスタンやブラウンはアメリカの中では例外的に私のようなアプローチを推進している数少ない大学の1つである(その他にはジョンズ・ホプキンスがあるが、ここには出していない)。しかしこうした大学は必然的に「周縁」に追いやられるので、ランキングでは評価されにくい傾向にある。そのため、前項の③の要素に難があり、進学先の選定に際して私の頭を悩ませる事になるのだが、それはまた進学先の決定の記事で。

 

*1:

表形式ではないが、以下のウェブサイトのまとめ方は参考になる。ただし情報は10年程度前のものなのであくまで参考程度に。

dynaman.wordpress.com