紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

最初の2週間@オックスフォード

結局だらだらと13記事も書いてしまったPh.D出願の記録だが、だいたい書きたいことは書けたと思うのでここで区切りとする。

それはさておき、9月26日に日本を出国し、オックスフォードでの留学生活を始めた。到着からもう2週間近くも経ったという事実にただ驚くばかりである。あっという間だった。ただ、これまでやってきたことといえば、銀行口座を作るとか、大学で諸々の登録をするとか、オリエンテーションに行くとかいったことばかりだったので、まだ留「学」生活は本格的に始まっておらず、明日からが正式なスタートとなる。とりあえず一段落したので、ブログでも書いてみようかと思った次第だ。

この2週間を振り返ってみると、驚くほどにほとんど楽しいことばかりだった。正直に言うと、9月に入ってから、これまで慣れ親しんだ環境を離れてわざわざ留学するのが億劫になってきて、かつそれがどこか他人事に感じられ、色々なことが心配で、出国直前になってもあまり心が晴れなかった。出国前日の夜、ホテルの天井を見上げながら、あまりの実感の湧かなさに、俺は本当にこんなので何年も留学できるんだろうか、正しい選択をしたのだろうかと、呆然と考えていたのを覚えている。

しかし、エミレーツでの合計24時間に及ぶ長距離移動を経て、カレッジの自分の部屋にたどり着いてから、時間は目まぐるしく回り始め、いつの間にか早くもすっかりここに馴染んでしまった。元々、人からはよく新しい環境に馴染むのが苦手そうだと言われるものの、自分では比較的適応能力はある方だと思っている(というか環境を無視して自分を通しているのかわからないが)のだが、それにしてもここまですぐに楽しめるようになるとは思ってもみなかった。言語の壁や文化の壁など、留学生が感じるであろう様々な障壁も、今のところあまり感じていない。もっとも、2週間程度で何が分かるわけでもないので、これから山ほど大変なことはあるのは理解しているが…。

なぜこんなに楽しめているのかというと、最大の要因は「カレッジ」というシステム、特に私が所属しているSt. Antony's Collegeの性格にあるように思う。有名な話だがオックスフォードは38のカレッジの総体であり、街で「オックスフォード大学はどこですか?」と聞いても明確な答えが返って来ることはない。返ってきたとしたら、その人はオックスフォード大学の人間ではないか、あるいは単に同じ質問を受けすぎて解説するのがめんどくさくなった内部の人間である。カレッジとは学寮と訳されるが、まあハリー・ポッターに出てくるグリフィンドールだとかスリザリンだとかのお陰でだいぶ理解しやすくなっているだろう。しかしカレッジという枠組みの他に学部という枠組みがあり、両者は基本的に重なってはいないのでオックスフォードは物凄くややこしい*1。で、その38の中から出願時に希望を1つ出すのだが、正直出願前の忙しい時期に受かるかもわからない大学のカレッジについて調べている余裕などない。なので私は知り合いの先生がかつて留学していたカレッジであるSt. Antony'sを選んだのだが、これが大正解であった(他のカレッジを選んだ自分というcounterfactualを観測できないので正解かどうかわからないというツッコミはなし)。

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これはうちのカレッジではなく同じ社会科学の院生カレッジであるNuffield College

St. Antony'sは、設立は1950年とオックスフォードの中ではかなり新しく、皇室が留学していたことで有名なMertonとか、ハリー・ポッターの食堂で有名なChrist Churchとかと比べると断然歴史が浅く、建築物もかなりモダンでありお世辞にも美しいとは言えない(ただし図書館だけは最高に美しい)*2。財政的にも豊かとは言えず、食事もそこまで美味しいとはいえない(でも決して悪くはない)。

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これがうちのカレッジの図書館

このカレッジの何が良いかというと、第一に、大学院生専用のカレッジである。何かとやかましい学部生の子どもたちの喧騒からは距離を取り、大人な空間に身を置くことができる。第二に、人文・社会科学専攻専用のカレッジである。これについては専門の多様性という観点から見ると必ずしも良いとはいえないかもしれないが、やはり友達を作る上では共通の話題というものが必要で、隣接分野の人などがいると研究上も刺激が受けやすい。第三に、国籍や民族といった面で非常に多様な院生が集まっている。詳しい数字は知らないがイギリス人の割合はおそらく四分の一にも満たないと思われ、日本の大学はもちろん、多様なバックグラウンドを持つ「カナダ人が」多かったトロント時代の環境とも全然違っている。第四に、雰囲気が非常にフレンドリーで、特に最初の一週間はほとんどの人が新入生なので至るところで自己紹介と会話が始まる。2週間経って徐々にグループができつつあるきらいはあるが、いつも同じ人で固まっていて他の人を寄せ付けない、というようなことはない。

平日の昼食と夕食はカレッジの食堂で食べることができ、味も、正しい選択をすれば結構美味しいことが多い。食堂の上の階にはコモンルームがあり、そこでコーヒーを飲んだり歓談することができるようになっている。何より重要な事は、コモンルームにビリヤード台があるということであり、既にここでビリヤードをすることがドイツ人の友達と私の(ほぼ毎日の)習慣になっている。 

とりとめもない話になってしまったが、とりあえず生存報告ということで今回はここまで。 

 

*1:昨日指導教員と面談していてオックスフォードが複雑だという話になったら、「自分の前任者に質問をしたら、『私はここにまだ40年しかいないので、その点についてはよくわからない』という言われたことがある、という逸話を聞いて思わず笑ってしまった。

*2:食堂が入っている建物は無骨なコンクリートの建物でかなり醜悪なのだが、カレッジの学長のスピーチによると、「全英コンクリート協会」というところから賞をもらった「由緒正しき」建物らしい。