紅茶の味噌煮込み

オックスフォード留学記

IQMRサマースクール 第2週

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先週から参加していた、アメリカ・シラキュース大学で開催されているInstitute for Qualitative and Multimethod Research (IQMR) の2週目が終わったので今週の感想をまとめておきたいと思う。プログラムは2週間なので、今週金曜日で全日程が終わり、現在ニューヨークのJFK空港でトランジットの間を利用して記事を書き始めている(書き終わるかは分からない)。

1週間目は万事スローな感じがして少々退屈だったのだが、2週目は結構慌ただしく過ぎ去った。1週目よりは充実していたということだろう。というか前回の記事を見返すと、先週取った授業の話を全くしていないことに気づいた。

  • Goertz先生とMahoney先生

今週受講した授業は、Gary GoertzとJames Mahoneyによる比較事例分析の授業と、Charles RaginによるQCA(Qualitative Comparative Analysis)の授業だった。一番面白かったのは、月曜日のGoertz先生の授業だろうか。自分はMahoney先生の印象が元から強かったので、あまりGoertz先生のことを知らなかったのだが、授業内で本人が「自分はミシガンPh.Dでバックグラウンドは統計分析だ」と仰っていたのに驚き、CVを見てみると、学部はMathematics and Peace Studiesで、Mathematical Statisticsの修士を持ち、ミシガンPh.D.在学中に経済学の修士号も取得されている。現在は質的方法論の研究をしているところからイメージする経歴とは大きく異なっていて驚いた。さらにCVをスクロールしていくと、語学能力の欄に"Japanese-elementary"と書かれていることに気づいた。これをTwitterで呟くと、Mahoney and GoertzのA Tale of Two Culturesを共訳された西川賢先生からリプライを頂き、Goertz先生は日本に居住経験があるということを教えて頂いた。授業はジョークを交えた和気あいあいとした雰囲気で、授業後に質問に行った際も、早く終わらそうとせず非常に丁寧に答えて貰えた。

火曜日はMahoney先生の担当の日だったが、こちらはGoertz先生とは違い、なかなか真面目な感じで授業が進んだ。ジョークというよりは、ところどころで先生がちょっとした天然っぽいボケをかますので学生が控えめに笑う、という感じが面白い。私はMahoney先生とは少しだけ関わりがある。というのも昨年ノースウエスタンのPh.Dに合格して訪問した際に、potential supervisorの1人としてオフィスを訪問し、お話をさせて頂き、その後も進学先決定の過程でメールのやり取りをさせて頂いていたのだ。以前の記事で「進学先決定の過程でもらった名言」として挙げた2つ目は、実はMahoney先生からもらった言葉である。

超多忙に違いないのに、まだ自分の学生でもない相手にすぐに返事をしアドバイスしてくれたことには、非常に感謝している。といってもまあ、見ての通り大した関わりではないのだが、興味のある相手とは、小さな関わりを大きくして繋がりを作っていきたいと常々思っている。

元々IQMRに行こうかなと思ったのも、Mahoney先生と再会したいというのも理由の1つにあったので、開始2週間前くらいに「お久しぶりです」的なメールを送ってみたところ、すぐに返信をもらえて改めて敬服した。で、火曜日の授業の後で直接話をしに行ったところ、そこでもとてもフレンドリーに対応して頂き、近況について色々と質問して下さったので、本当に来てよかった、という気持ちがした。写真でも撮っておけばよかったかとも一瞬思ったが、芸能人でもあるまいし、まず自分が頑張って研究者として認知してもらえるようになり、遠方から来た一見さんの院生ではなく、同じ研究者としていつか会える機会を待つべきだろうと思い直した。

  • QCAはちょっとがっかり

水曜日からのQCAの授業は、正直なところかなり期待はずれという感じがした。186人が4つの授業に分かれていたのだが、QCAを受講しているのはわずかに10人ほどで、先生も受講者もあまりやる気がない。受講者は基礎から全然理解していない人が多く、リーディングアサインメントをやっていれば絶対分かるような基本的な事項に戸惑っているので授業が全く進行せず、結局リーディングで勉強したこと以上の内容が何もカバーされなかった。QCAは、大陸ヨーロッパでは広く使われている一方、アメリカでは全くといっていいほど使われていない。研究発表でQCAなどというワードを出そうものなら、量的研究者だけでなく、質的研究者からも集中砲火を浴びるような代物だ。元々それは知っていたのだが、QCAの発明者であるCharles Ragin先生が教えるということで、何か強い反論というか、信念のようなものが見られるかと期待して臨んだのだが、あまりそのようなものは感じ取れなかった(もちろん、自分の理解が足りなかったのかもしれないが…)。Ragin先生はお身体を悪くされているようであった。もうひとりの講師も、QCAに対する信念に燃えているというよりは、どうも投げやりな感じがした。結局3日あるうちの2日で見切ってしまい、3日目は別の授業を受講することにした。おそらく3日目には受講者が5人ほどしか残っていなかったと思われる。

  • リサーチデザインの発表は大成功

そして今週のもう1つのメインイベントが、リサーチデザインの発表であった。IQMRでは、参加者同士の研究面での交流を促進する目的で、毎日昼の時間に参加者のリサーチデザインの発表がある。事前に12ページ程度のペーパーを提出し、他の参加者が読んでいる前提で、1人あたり30分ほどを使ってコメントや質問を受ける、という形式である。セッション分けはテーマによって決まっていて、私のセッションは、Johns Hopkinsから来た韓国人の地政学を研究している人と、Tuftsから来たハンガリー人の国際政治理論を研究している人が他の発表者だった。実は数日前のディナーの場で、どういう研究をしているのか聞いてきて、私が簡単に答えると、読んでもないくせに否定的な言い方で「この事例はどうなの?」「君の理論をもっと明確に説明して」などと突っ込んでくる、他者の研究を否定することが頭の良さだと勘違いした失礼な参加者がいてイライラしていたのだが(カジュアルな会話では、たとえ疑義があっても、とりあえず「面白いね」と言って、挑戦ではなく興味を示すという意味での質問を2,3すれば良いのだと私は思う)、本番のセッションは全く正反対で、驚くほど肯定的なコメントを沢山もらえた。今まで発表した場の中でも一二を争う好意的なセッションだったと思う。特に、それまでのセッションで結構厳しいことを言っていた(否定をすることなく建設的な指摘だったが)Colin Elman先生が、研究内容を気に入ってくれたようで、セッションの後にも話しかけて下さり、こういうものを読んだらいいよと教えてくれたりしたので、その日は1日ハッピーだった。参加者も個別に「面白かったよ」と後で言ってくれる人が何人かいて、研究をやっていて良かったと思えると同時に、モチベーションが高まった。コメントをくれた人のうち、まだ話したことがなかった人には後で個別にメールを送り、共通の関心について後で話をすることもできて、将来の研究という面でも役に立つ機会だった。これだけでも参加した価値があったと言えるだろう。

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なかなか洒落がきいたIQMRのTシャツ
  • まとめ

IQMR全体の感想としてまとめると、まず授業については、正直あまり新しい学びはなかったかもしれない。今までも方法論については勉強する機会が多くあったし、事前に課されたリーディングをきちんと消化していれば、授業はそのおさらいという感じで、何か新しい知見を得たという感じはしない。もっとも、違う授業を取っていたら別の感想を抱いていた可能性はあるので、一般化はできないが。しかし、他大学の院生や教員とのネットワークを作るという意味では、IQMRは非常に有意義だったと思う。現在の政治学で、質的研究はどんどんと「時代遅れ」のように見られる傾向が強まっており、マイノリティの立場に追いやられつつあるようである。そうした空気の中で、同じような方法論的方向性を持った人と出会える機会は貴重で、IQMRはそれを可能にする唯一の場とも言えるだろう。というのも、量的方法論を扱うサマースクールは複数あるのに対して、質的方法論を中心的に扱うサマースクールは他にはないからだ。今回出会った人の中には、自分と直接の研究関心が近い人、来年フィールドワークをする際の所属先にしたいと思っている大学から来ている人、将来の就職先の1つとして考慮している国から来ている人などがいて、今後の研究者としてのキャリアに生かせそうなネットワークの足がかりを得られたと思う。シラキュースという何もない街に2週間缶詰になるのはちょっとしんどかったが、総じて言えばそれに見合う収穫はあったと言えるだろう。