紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

オックスフォードカレッジ紀行③:St. John's College

お金は大事である。いくら研究に専念する大学院生といっても霞を食べて生きていくわけにはいかず、先立つものが必要になる。それにそもそも人間が霞を食べて生きていくことができれば、それを商売にしようとする人間が現れるのが世の常というもので、結局は富めるものは脂の乗った旬の霞をたらふく食い、貧しい者はスーパーで安売りされている賞味期限ぎりぎりの霞を家族4人で分け合って食べることになるのである。

この貧富の差というものはオックスフォードのカレッジの中にも歴然としてあって、我がSt. Antony’s Collegeは、前から何度も言っているように金銭面では底辺に近い。他方、最も富めるカレッジの1つが、今回紹介するSt. John’s Collegeである。

手元の資料*1によると、同カレッジは1555年にSir Thomas Whiteというカトリックの商人によって、「異端」のプロテスタントに対抗する人材の育成を目的として設立されたという。St. John’sが豊かである理由はオックスフォードに大量の土地を所有していることで、入学した時のオリエンテーションで聞いた不確かな情報だと、ケンブリッジの姉妹カレッジと合わせると、オックスフォードからケンブリッジまで、両カレッジが所有する土地だけを伝ってたどり着けるという話だったような気がする。恐るべき資金力である。

今回は同カレッジに所属している友達に中を案内してもらうことができたので、その様子を簡単にレポートしたい。

St. John’sは、外からはあまり分からないのだが、中に入ると驚くほど巨大で、まるで街の中に街がある、とでもいうべき規模である。よく手入れのされた中庭の芝生は美しく緑の輝きを放っている。オックスフォードの古いカレッジにはよくこの写真のような中庭があるが、通常こうした手入れのされた芝生は足を踏み入れることが禁じられている。いわばデッドスペースなわけである。そのデッドスペースにこんなにも場所を使えるということは、取りも直さずカレッジの豊かさを表しているとも言えよう。ちなみにSt. Antony’sの中庭は、立ち入り自由である。

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古いカレッジはだいたい、ダイニングホールは比較的小さいもので、大人数をどうやってさばいているのか不思議になるのだが、St. John’sも例に漏れず、ダイニングホールは小規模である。食堂の広さだけは我がカレッジが勝利している。料理の質はかなり高く、同じ豊かなカレッジでも、ハリー・ポッターの食堂で有名なChrist Churchの料理がイマイチなのに対して、資金力に見合った食事を提供しているといえる。

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同カレッジのように、学部生と大学院生が両方所属しているカレッジでは、学生はJunior Common Room(学部生)とMiddle Common Room(院生)という2つのコミュニティに分かれているのが通常で、相互交流はあまりない。ちなみに、Senior Common Roomもあり、これは教授やフェローが出入りする場所である。コモンルームというのは文字通り、談話室という意味での部屋も意味するし、学生コミュニティという抽象的なまとまりを意味することもある。

下の写真がSt. John’sのMCRである。一部のカレッジでは、歴史的経緯からJCRの方がMCRよりも遥かに施設が充実していたりすることがあるのだが、St. John’sのMCRは、規模は大きくないが落ち着いた、雰囲気の良い部屋で、テレビやソファ、キッチンなどが揃っている。

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同カレッジはあまりにも広いため、全てを見て回る時間がなかったのだが、すごいと思ったのは、院生しか入れない庭(というか公園?)があるということだ。やかましい学部生キッズが入ってこられない庭を散歩しながら、研究のアイデアを考えるという、非常にOxfordyな生活をSt. John’sの院生は送っていることだろう。

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ネズミみたいなリスがそこら中を走り回っている。

同カレッジではもちろん、学生のための寮も充実していて、まるで高級マンションのような外観の建物が住居に割り当てられている。聞くところによると家賃も安い上に、所用で家を空ける際には、フロントに鍵さえ預ければ、その期間の家賃を払わなくても良いらしい。なんという甘やかされた身分だろう!

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写真が下手すぎる。

案内してくれた友達が披露してくれたSt. John’s金満エピソードは他にもあって、例えば、オックスフォードでは学部生の成績についてカレッジ毎にランキングがあるのだが、これを上げるためのインセンティブとして、同カレッジでは学部生が試験で優秀な成績を取ると、お小遣いをあげているらしい。お受験ママのようなシステムだ。そしてもう1つ、こちらは証拠写真があるのだが、カレッジ内のある部屋に、無意味に巨大なチェス盤が置いてあり、実際にプレイできるようになっている。まったく、金が余ると変なものを作り出すのはどこの国のどの時代でも共通のようだ。

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まったく意味がわからない。

St. John’sの圧倒的な資金力は羨ましいので、もし何かの機会があれば移動したいものである。が、我が心はSt. Antony’sと共にあるので、裏切ることはできないのだ。悪いな、St. John’s。 

*1:Annie Bullen, 2008. "Oxford Colleges" Pitkin.