紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

留学生は休暇をどこで過ごすか問題

冬が厳しさを増してきた。やはり将軍まで出世するだけはあって、冬というやつはなかなか毎年強大な力を発揮するもので、この1・2週間であっという間にイングランドを制圧してしまった。街は戒厳令下にあり、配給制になった日光を求める人々の長蛇の列がそこかしこにできている。中には薄着で外を出歩き冬占領政府への不服従の態度を示そうとする勇気ある若者を見かけることもあるが、奇妙なことに彼らがその後どうなったのかは誰も知らない。数日後に青い顔で分厚い外套を着込んで歩く彼らを見かけたという噂だけは聞いたことがある。

こうした状況にあっての唯一の希望は、占領統治が毎年数ヶ月で終了するという不可思議な事実であり、また私自身が来年1・2月の最も苛烈な支配が敷かれるであろう時期に合わせて、冬軍事政権の目の届かないカタールへと亡命することを予定しているということである。希望がなくては人間は生きていけないということをひしひしと感じる。亡命計画が占領政府に露見しないことを切に願うのみである。

さて、というわけで、冬休みが近づいている。私は12月半ばに日本に一時帰国して、東京で年末まで過ごした後、実家に1月半ばまで滞在し、そこから直接カタールへと渡航する予定である。脱出の日は近い。

しかし、留学生にとって、休暇をどこで過ごすのかというのは、意外に大きな問題である。クリスマス、年末年始、イースター、夏休みなど、留学先の文化や大学のスケジュールに合わせて大型の休みはやってくるが、正直なところ休暇をそれほど楽しみに思えない、という留学生も多いことだろう。というのも、こうした休暇には、周りの多くの学生が帰省し、街が空っぽになってしまうからだ。私は2013年にカナダに交換留学していたとき、1年だし途中で帰国しても仕方ないということで、年末年始をカナダで過ごしたが、その寂しさったらなかった。友達は皆家に帰っていたし、同じ身分の留学生と旅行したりはしたが、年末年始を日本で過ごさないと年が改まったという気にならないし、閑散とした寮にいるのは気分の良いものではなかった。

同じようなことをアメリカに留学中の人たちがTwitterで最近よく書いていたので、何の祝日だろうと思ったら、感謝祭(thanksgiving)だった。ニュースサイトでトルコを検索ワードにしてニュースを追っていると、恐ろしい量のノイズが混じる、年に一度の例の時期である。不勉強でこの祝日が持つ意味を私はよく理解していないのだが、七面鳥は絶対に感謝などしていないだろうということだけはわかる。https://d1f5hsy4d47upe.cloudfront.net/77/776e3ade133df3c252868481462c27cf_t.jpeg

閑話休題、休暇の過ごし方の話に戻ろう。留学生が取る手段としては3つあると思われる(互いに排反ではない)。第一に、友達の家にお邪魔させてもらうというパターン。私もカナダにいた時は、年始から友達の家に数日滞在させてもらった。仲の良い友達の家族に会って受け入れてもらうというのは素晴らしいことで、友情も深まることだろう。ただ、家族で過ごす休暇によそ者が入っていくのは、いくら相手が歓迎してくれているように見えても肩身の狭いものであるし、自分にとっても、他人の家なのであまりくつろげないところがあるのも確か。

第二の選択肢は、違う土地に旅行するというもの。旅行であれば、友達がいなくて街が空っぽというような虚無感を感じずに住むし、場所によっては冬の寒さ夏の暑さをしのげたりもする。また同じ境遇の友達と旅行するなら寂しさも紛れるだろう。しかしやはり行った先でも街が同じ休暇モードであったりして、結局どこか馴染めない感じは残ってしまうことも多い。

第三の選択肢は、帰国してしまうことである。そうすれば異国の地で独りぼっちになるようなことはなくなり、自分も家族や友人と時間を過ごすことができる。しかし、留学先にもよるが飛行機代は高いので、短期間でおいそれと帰れるものではない。

今回の冬休みについても、12月の頭に授業が終わったら大半のヨーロッパ人は国に帰って大学が空っぽになってしまうので、私もあまりここに長居はしたくない。しかし一方で、個人的には12月の年末までの日本のクリスマスモードの雰囲気はあまり好きではなくて、毎年早く年末になってほしいと思っている。ただこっちに残っていてもクリスマスモードはあるので、結局どうしようもない。今回は12月半ばに、頂いている研究助成の報告会があるので帰国しなければいけないのだが、休暇をどこで過ごすか問題は私にとっても現在進行形の悩みである。七面鳥でも食べながら考えるか。