紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

出国前症候群

「あと3日で日本を出発して、留学先に戻る。次に帰国して家族や友達に会うのは、半年後だ。」―そういう夜に、「それ」はやってくる。

留学先にも大事な人達はいるし、生活も楽しいけれど、帰国した時のような心からの安心感、心の内奥に張り巡らせている膜が自然と溶けていくような心地よさには、やっぱり及ばないと思う。/行ったり来たりの繰り返しで、どこにいても「仮」の生活のような気がする。/こうやって生まれ育った場所から遠く離れて、人と全然違うことをして、1人で頑張ったその先に何があるというのか。/日本に落ち着いて根を下ろした方が、結局幸せなんじゃないだろうか。/留学先に戻っても楽しいのは分かっているけど、なんだか気が進まない…

日本に一時帰国して、また留学先に戻る直前の数日間に現れる、後ろ髪を引かれるような諸々の感情―これを「出国前症候群」と呼びたい。留学や海外生活自体が辛くて辛くて仕方がない、というのとは違う。辛くはない、というかむしろ、色々あっても向こうの生活を存分に楽しんでいて、またそういう自分を誇りに思っている。だから、帰国前にも留学生活中にも、症状が出てくることはない。今回も、飛行機に乗って、向こうの空港に降り立ってしまえば、現地の生活にすっと頭が切り替わるだろうということは分かっている。でも、だからといって、なんとも思わずに去ることはできない。自分の生き方とか将来のことについて、やっぱりなんだか色々考えてしまう。―そういう複雑な思いを帰国する度に抱くのは、自分だけではないと思う。留学先に戻る直前の数日だけに現れる、だから「出国前症候群」。

例えば遠距離恋愛カップルが、久しぶりに会うとなんだかお互いぎこちなくて、思っていたのと違う、本当にこれでいいのだろうか、なんて疑問を持ってしまうことがあるように、きっとこれは自然な反応で、数日もすればまたきれいに元通り、なんていう他愛もない一時の心の「あや」みたいなものなんだろう。 

ただ、だからといって、その一時の気の迷いに真実がないのかと言ったら、そうとも限らないはずだ。「それ」を感じていない360日と、感じている5日は、単純にその日数だけで比べられるものではない。 きっと心の奥底には、ずっと「それ」が潜んでいて、年に数日だけ、ひょっこりと表面に顔を出すのだ。「それ」をなだめすかして、360日の生活を続けるのか、それとも「それ」に耳を傾けて、5日を365日にする選択をするのかは、人それぞれだと思う。

「それ」をなだめ切れなくなったとき、あるいは、「それ」に自ら歩み寄りたくなったとき、自分は日本に帰るんだと思う。そんなことを考えていた。