紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

2019年7月-9月に読んだ小説

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今年から四半期ごとに読んだ小説をまとめるという、(月間記事数をかさ増しするための)企画を行っているのだが、9月が終わったのでまたその時期がやってきた。1-3月は45冊、4-6月は20冊の小説を読んだわけだが、今回はどうだろうか。

例のごとく表に読んだ小説をまとめてみたところ、2019年第三四半期に読んだ小説は、全部で19冊であった。前回比-1冊である。それにしても、1-3月のハイペースは、いかにカタールで暇をしていたかを物語っている。

日付 タイトル 著者
7月8日 Good old boys (集英社文庫) 本多 孝好
7月11日 ここは退屈迎えに来て (幻冬舎文庫) 山内 マリコ
7月13日 dele3 (角川文庫) 本多 孝好
7月14日 愛がなんだ (角川文庫) 角田 光代
7月17日 太陽の棘 (文春文庫) 原田 マハ
7月23日 百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫) 中田 永一
7月25日 プラチナタウン (祥伝社文庫) 楡 周平
8月2日 水曜の朝、午前三時 蓮見 圭一
8月2日 ナオタの星 (ポプラ文庫) 小野寺 史宜
8月7日 深川澪通り木戸番小屋 (講談社文庫) 北原 亞以子
8月12日 おせん (新潮文庫) 池波 正太郎
8月16日 吉祥寺の朝日奈くん (祥伝社文庫) 中田永一
8月19日 海うそ (岩波現代文庫) 梨木 香歩
8月20日 真夏の島に咲く花は (中公文庫) 垣根 涼介
8月23日 いつも彼らはどこかに (新潮文庫) 小川 洋子
9月16日 雪国 (新潮文庫) 川端 康成
9月21日 家康、江戸を建てる (祥伝社文庫) 門井慶喜
9月22日 格闘する者に○ (新潮文庫) 三浦 しをん
9月27日 おろしや国酔夢譚 (文春文庫) 井上 靖

この四半期は、Line of Duty、Derry Girls、Stranger Things、Black Mirror、New Girlといった海外ドラマにハマっていて、また相変わらずテラスハウスフリークとしての仕事を続けていることから、小説に割く時間はそこまで多くなかった。私が一番小説を読むのは移動中で、旅行に行ったりすると読書量がどっと増える。飛行機の中みたいに、インターネットが通じず、大きな画面で映像を見られない時には、小説を読むのが一番だ。

時代小説の割合が低下しつつある最近のトレンドは今回も健在で、『おせん』と『深川澪通り木戸番小屋』だけしか読んでいない。(『家康、江戸を建てる』と『おろしや国酔夢譚』は歴史小説。)やはり、藤沢周平池波正太郎山本周五郎の3人を一度知ってしまうと、他の時代小説に満足することはできなくなる。以前挙げた今村翔吾のように、ストーリーとして面白い時代小説というのは、それでもまだあるわけだが、細部の描写にリアリティがあり、「その時代を覗いている」と読者を説得できる文章を書くことのできる書き手は、皆目見当たらない。

それはやはり、彼らの世代を最後に、「自分ではなくても近親者が実際に江戸時代を経験したことがある」という人々が絶えてしまったからではないだろうか。着物の描写にせよ、食事の描写にせよ、博物館に行ったり、研究上知っているからといって、活きた文章が書けるわけではない。実際にそれに近いものを目にしたことがあるからこそ、リアリティのある描写ができるようになるのだ。日本における「小説」という媒体の歴史が明治期に始まることを考えると、「時代小説」の命はなんと短かったことだろうか。もっとも、いずれは大正や昭和を描いた小説も「時代小説」になり、今度は描かれる時代がシフトすることは考えられるのだが。

今回読んだ小説の中には、本多孝好原田マハ梨木香歩など、かつてよく読んでいた小説家が含まれる。以前も紹介した通り、本多孝好は青春・恋愛小説の優れた書き手で、以前から好きなのだが、『Good old boys』は、小学生の子供とその親達が主人公ということで、これまで本多孝好があまり扱ってこなかった、家族小説に近いものである。悪人が出てこない優しいストーリーと希望の持てるエンディングは、安心して読み進められるもので、重松清の風味を感じさせる。本多孝好の新境地だろうか。

Good old boys (集英社文庫)

Good old boys (集英社文庫)

 

原田マハは昔よく読んでいて、初期の小説は大好きだったのだが、売れっ子になってきて段々忙しくなってきたからなのか、ちょっと安易なお涙頂戴ストーリーが増えてきた印象があり、離れていた。同じことは時代小説の葉室麟についても思っていて、『蜩ノ記』はとても良かったのだが、量産体制に入ると作り込みが雑になった印象を受ける。しかし唯一現在の作家で上記の3人に近い人だと思っていたので、亡くなってしまったのは非常に悔やまれる。梨木香歩は『西の魔女が死んだ』なども子供の時に読んだが、むしろ『家守綺譚』に代表される不思議な世界と硬めの文章が好みだ。

家守綺譚 (新潮文庫)

家守綺譚 (新潮文庫)

 

さて、なんといっても今回の中で一番面白かったのは、中田永一の『百瀬、こっちを向いて』と『吉祥寺の朝日奈くん』である。中田永一は、「乙一」というよくわからない名前でよくわからない怖い小説を書いている人が、突然別名で青春小説を書き始めた、という程度の認識しかなく、正直、映画化を見据えた安っぽいお涙頂戴小説なのではないか、という勝手な先入観を持っていたのだが、恐れ入った。私が好きな小説の傾向として、①主人公がクール、②悪人が少なくドロドロしていない、③淡々としていながらユーモアがある文章、などがあり、特に③を満たす作家として本多孝好伊坂幸太郎瀬尾まいこなどを「発見」してきたのだが、中田永一は上記の3つをすべて満たす作家だった。読後感は爽やか、しかし安易な感動モノではない、こんな小説を書いてみたいものだ。

百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)

百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)

 
吉祥寺の朝日奈くん (祥伝社文庫)

吉祥寺の朝日奈くん (祥伝社文庫)

 

最後に、前回の記事では、谷崎潤一郎の『細雪』が非常に面白かった、という話をしたが、最近、これまでどちらかというと敬遠してきたいわゆる「文豪」の小説を少しずつ読むようになってきた。私は今まで、好きな小説家を問われて「太宰」とか「三島」とか言う人に対して、「本当にこの人は彼らの小説を理解した上で好きと言っているのか?単にそう言うとちょっとかっこいいから言ってるだけではないのか?」という失礼な疑いを持って接してきたのだが、20代後半になって、自分も何だか少しずつ、文豪の小説の良さがわかるようになってきた気がするのである(気のせいかもしれないが)。ようやく自分の消化能力が追いついてきた、というか。

今回読んだのは川端康成の『雪国』だが、まず驚かされたのはストーリーの起伏のなさである。『雪国』といえば「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という冒頭の一文があまりにも有名だが、これは皆最初の一文だけ読んでやめてしまうからなのではないかというくらい、全体を通じて大して何も起きない。簡単にまとめてしまえば、妻子ある主人公が、田舎町の芸者をしている女性とfriends with benefitsになってぐだぐだしている、というだけの話である。だが、それでいてこの小説は退屈せずに読むことができる。それは何によるものなのかというと、川端の壮麗な文章なのだと思う。文章がとにかく繊細で美しい。谷崎の『細雪』は、現代の小説を読むような感覚で読んでも十分楽しめると思うが、『雪国』はそうやってエンターテイメント性を求めて読むようなものではない。文章の美しさを味わいながら読むものだ。齢27にしてようやくこういうことが分かるようになってきたのが、個人的にとても嬉しい。

雪国 (新潮文庫)

雪国 (新潮文庫)