紅茶の味噌煮込み

オックスフォード留学記

一次資料面白発言集:湾岸編①

今週をもって、今年度の第一学期が終了した。わずか8週間という短い学期だが、結構盛り沢山な学期だったように思う。長らく取り組んできた研究がようやく出版されたり、初めてのティーチングを経験したり、就職活動まであと1年を切ったことに気づいて焦りだしたりと、色々な変化があった。本丸の博士論文についても、今年度中のConfirmation of Status(中間審査的なもの)突破に向けて、実証部分の一章のドラフトを書き上げた。Transfer of Statusの際に提出したイントロと理論部の二章を改訂してこれに加え、合計三章分、30000語ほどを、3月末を目標に提出することになりそうだ。

この実証部分の章を書くために、イギリスの国立公文書館で集めた、アラブ首長国連邦UAE)設立交渉に関する一次資料を延々と読んできたのだが、今回の記事では、私が読んだ史料の中から、思わず笑ってしまうような面白発言をいくつかご紹介したい。私が読んでいる史料というのは、いわゆる日本で言う外務省的なところの官僚が、1960年代末から70年代初めにかけて本国とやり取りした電報のようなものなのだが、時々クスっと来るような発言が出てくる。最近も外務省の人と雑談をしていたのだが、当時を生きていた人たちは、まさか自分の日常業務が、将来こんなところで使われるなどということを想像していなかったに違いない。

それでは早速見ていこう。なお、ごく簡潔に時代背景を説明すると、以下に出てくる史料は、1968年にイギリスがスエズ以東の植民地からの撤退を発表したことによって、ペルシャ湾岸のイギリス保護国アブダビ、ドバイ、カタールバーレーンシャールジャアジュマーン、ラス・アル・ハイマ、フジャイラウンム・アル=カイワイン)が急遽独立を迫られ、どうやって独立しよう、という相談を、互いに対立しまた協力しながら行った過程についてのものである。最初は上記9首長国全体で、一つの連邦を作ろうという話だったのだが、最終的にはカタールバーレーンが単独独立し、残りの7つでUAEが形成された。

①あいつとハンティング行くとかマジ苦痛・・・

Suwaidi called to see me last week, released from the torture of hunting with Zaid in Pakistan, and said that the Ruler had raised the question of his licence to visit the State Department.

- TNA, FO 1016/739, Treadwell to Weir, 11 January 1970.

Suwaidiというのはアブダビの幹部の1人で、Zaidというのはアブダビの首長、アブダビといえば9首長国の中で最も強大な首長国であったから、ZaidはUAEの実質的な支配者といってもよい。Suwaidiはイギリス人官僚に電話してきたのだが、その前まで、Zaidとパキスタンで狩猟に行っていたらしい。それを指して"torture of hunting with Zaid"、つまり「Zaidと狩猟に行くという拷問」、などと言っている。Suwaidi氏の名誉のために言っておけば、「拷問」というのは文脈的にこのイギリス人官僚の言葉であろうと思われるが、それにしても、なかなかの言いようである。

日本でも、「今週末は上司とゴルフなんだよなあ…」などという嘆きが全国各地で発せられていると思うが、それは1970年のアブダビでも、ゴルフがハンティングに変わっただけで、実質はまったく同じなのだった。

ちなみにハンティングについてはもう一個面白い発言がある。

The time left was far too short for all that was needed to be done, and some of the Rulers were wasting valuable weeks in hunting trips.

- TNA, FO 1016/739, Bullard to Weir, 24 January 1970.

独立交渉が行き詰まっていて時間がないのに、当の首長たちがハンティングにかまけて仕事をしないのにイギリス官僚がイライラしている様子がうかがえる。

②もう誰も信用できないよ・・・

We all find it hard here to get an honest opinion out of anyone; and many people probably tell us what they think we want to hear.

- TNA, FO 1016/739, Henderson to Weir, 19 April 1970.

これは、言うことがコロコロ変わるアラブの首長たちについて、イギリス官僚が漏らした嘆きである。本心を明かさず、相手が聞きたがっている(と勝手に想像する)ことだけをべらべら喋るインタビュー相手に困らされている研究者諸氏は、このかわいそうなHenderson君に深く共感できることだろう。

イギリス官僚の嘆きシリーズとしては、もう一個面白いものがある。

I realise that the views expressed above are partly induced by the brain-washing to which I am exposed by daily contact with the Ruler and Deputy Ruler here.

- TNA, FO 1016/745, Boyle to Crawford, 12 April 1968.

交渉をかき乱し続けるアクの強いカタールの首長と副首長と日々接し続けて、「もう洗脳されちゃったよ・・・」と嘆くイギリス官僚。

③人物評シリーズ

交渉の上では、9首長国にイギリス、さらには近隣諸国の動向も伺わなければならないから、関係アクターは多数にのぼり、必然的にお互いがどんな人物か、探り合いが行われることになる。この人物評が、時にひどい悪口だったりして思わず笑ってしまう。一気にご紹介しよう。

Ahmed of Qatar (who was a notorious liar) and Rashid of Dubai (who was an even bigger liar). The Al-Khalifa on the other hand were good people.

- TNA, FO 1016/742, Arthur to FCO, 19 December 1970.

これはハンティングで部下に苦痛を与えることで有名なアブダビの首長、Zaidによる、カタールとドバイの首長の人物評である。彼いわく、Ahmedは悪名高いウソつきで、Rashidはそれよりもっとウソつきだそう。「キリンさんが好きです。でもゾウさんの方がもっと好きです。」で有名な、在りし日の松本引越センターのCMもびっくりの、ひどい悪口である。

しかしその直後、バーレーンの王家、ハリーファ家については、全部ひっくるめて「良い人」らしい。なおこれには一応背景があって、UAE設立交渉では、アブダビバーレーン vs. ドバイ&カタール、という対立図式になっていて、Zaidの意見はこれを如実に反映している。しかしここまであからさまに悪口言うかね・・・。

he is young, new to his job and not very intelligent

- TNA, FO 1016/747, Craig to McCarthy, 17 May 1968.

He is intelligent but naive, able but weak, charming but without much strength of character. He loves undergraduate-type argument and debate. 

He is a first-class man with an engaging weakness for theorising and academic debating.

- TNA, FO 1016/749, Parsons to Crawford, 5 November 1968.

The two Khalifahs and Muhammad bin Mubarak are the most stubborn. They remind me of L.S.E. extremists.

- TNA, FO 1016/751, Henderson to Weir, 13 May 1969.

I suppose there may be somebody somewhere who likes Pachachi?

- TNA, FCO 8/1568, Arthur to FCO, 6 December 1971.

この4つはイギリス官僚がそれぞれサウジのNawwaf王子、バーレーンの政治家Mohammed bin MubarakとYusuf Shirawi、カタールバーレーンの副首長とMuhammad bin Mubarak、そしてアブダビの亡命イラク人Adnan Pachachiを評したものである。彼らによると、Nawwaf王子はバカ、Mohammedはナイーブで弱くて「学部生みたいな討論をするやつ」、Yusufはちょっと頭が悪くて、Khalifah×2とMohammedは「LSEの過激派みたい」、そしてPachachiに至っては、「もしかしたらこいつのこと好きな人もどっかにいるんだろうか?」らしい。

学部生みたいな討論をするやつ」って、悪口としては相当高度で意地悪なもので、知性に自信がある人を怒らせるのに非常に効果的だと思われるので、皆さまもぜひ一度試してみてはいかがだろうか(e.g. 「〇〇さんって博士なのに学部生みたいな討論するよね。」)。

そしてなんといっても「LSEの過激派」!!なんだそれ、やはりこれはロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのことなのだろうか?これを書いたEdward Hendersonという官僚は、調べてみるとオックスフォードの出身だったので、なにかLSEとの間に確執があったのだと思われる。皆さまもLSEの過激派にはご注意を。

④英国外務省は「ブラック企業」?

日本の外務省、というか官庁全般は近年長時間労働やハラスメントなどが問題視されているが、イギリスの植民地官僚も結構仕事が大変なようで・・・

P. S. I do apologise profusely for the length of this letter. I did not get home till after 11.00 a.m. and I had to finish this and the other letters by 1.30 p.m. This meant I had only time to dictate all I could remember just as it came with no chance to prune to a reasonable length. 

- TNA, FO 1016/740, Henderson to Weir, 11 May 1970.

論文は長ければいいというものではない、というのは研究者もよく言われることだが、外交官の電報もそういうものらしく、長々と書いてしまったHenderson君は、「やることがいっぱいあった」という言い訳をしている。それにしても、言い訳も長い

3. Errors regretted. 

- TNA, FCO 8/1564, Ramsbotham to FCO, 10 September 1971.

8. Quite a day.

- TNA, FCO 8/1568, Arthur to FCO, 6 December 1971.

大体こうした電報というのは、1, 2, 3... と書きたいことを箇条書きにして書いていくのだが、末尾に時たま人間味のある声が出てくる時がある。例えば文章の訂正の電報をしたときの「ミスってごめん」、そして長い一日を終えた後の「今日大変だったわ」。イギリス植民地官僚もまた、普通の人間だったことがわかる。

 

まだまだネタはあるのだが、長くなってきたのでとりあえず今回はここまで。来週のサザエさんは、ドバイ首長によるパキスタン人へのひどい悪口、会議を途中で抜けちゃうカタール首長、突然の昭和天皇、おもちゃをもらって喜ぶアブダビ首長、などのラインナップでお届けいたします。次回もお楽しみに!