紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

政治学ポスドク就活体験記②:「ポットラック」としての英国ポスドク市場

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コロナとジョブマーケット

新型コロナの流行が、中国やその周辺国の地域的な問題から、グローバルな危機へと変化したのは、2020年3月頃であった。このパンデミックの影響というのは各所に及んでいて、思わぬ形で私にも影響を及ぼすことになった。

経済の低迷のあおりを受けて、欧米の大学が相次いで採用を凍結し始めたのである。オックスフォードには40代の教員がけっこういるのだが、ちょうど彼らがマーケットに出た2008年のリーマン・ショックの時期にも、アカデミック・ジョブマーケットは大きく落ち込んだということを話に聞いていた。それと同じかそれ以上の事態になりそうだという予測が、初夏の辺りからTwitterなどを見ていても盛んに議論されるようになった。

実際、2020年の採用募集は例年よりかなり減少していて、アメリ政治学会(APSA)の公募情報サイトに出た募集の数を去年と比べている人がいたが、明らかに例年より少なかった。日本の大学はそういう意味ではあまり影響を受けていないようだが、留学生の授業料や寄付金などへの依存度の高い英米豪などの大学は、経済の影響をもろに受けるようだ。テニュア・トラックなどの常勤専任教員ポジションと比べて、有期雇用のポスドクの数はそれほど減っていないとも言われているが、それ自体が減っていなくても、例年なら教員ポジションに採用されていた人がポスドクに流れてくる、ということになるので、私にとってもこれは他人事ではなかった。

方針転換

なので、どうやら今年マーケットに出るのは厳しいぞ、と思ったとき、私は若干の方針転換をすることにした。元々私は、コロナの影響でいろいろなものがキャンセルになったこともあり、イギリスの4年弱の期間はまだ不完全燃焼感があったので、もう少しこちらに残って研究を続け、ネットワーキングを行いたいという思いがあった。とはいえイギリスにずっと残り続ける気はあまりなく、近いうちに日本で就職するというのは有力な選択肢なのだが、いわば「延長戦」として1-3年くらいはイギリスに残りたいと考えていたということである。

なので、学振PDなどの国内のポジションについては、今年ではなく来年チャレンジして、今年は海外のポジションだけ応募しようと思っていた。実際、上記のようなジョブマーケットの展望が見えた時には、既に学振PDの応募は現実的に無理な時期でもあった。しかし、海外学振だけは、コロナによる締切延長+個人応募可能(大学を通さなくてよい)ということで締切が遅く、まだ間に合うタイミングだった。これだと、海外大学で2年間自由に研究ができ、待遇の面でもポスドクとしてはかなり恵まれているので、とりあえず応募しておこうということで、急遽応募を決めたのが、5月頃であった。

ポットラック」としての英国ポスドク市場 

海外学振応募後、夏の終わりくらいから出てきたポスドクの募集を色々と見比べていると、イギリス(ヨーロッパ)のポスドク市場ってポットラック(一人一品持ち寄りのパーティー)みたいだな、という感想が浮かんできた。

どういうことかというと、ヨーロッパでも、任期なしのLecturerやAssistant Professorというのは、学内の正規のポジションだから、基本的に欠員が出たら補充する、という形で募集される。だが、任期つきのポスドクの場合は、欠員補充ではなく、常勤教員が主体となった研究プロジェクトに資金がついたから、それに従事する研究者を雇うという形で募集されることが多いのだ。

アメリカでは、研究センターなどで「プログラム」としてポスドクを毎年募集するパターン(例えばプリンストンのNiehausやブラウンのWatson Institute、ハーバードのWeatherhead Centerなど)か、「何だかよく分からないけど一時的に出身校のポスドクという体になっている」というパターンが多いように思うが、ヨーロッパで毎年募集されるものは、政治学だとEuropean University InstituteのMax Weber Fellowとオックスフォード大学ナッフィルードカレッジのPrize Postdoctoral Research Fellowくらいしか思いつかない。あとはLSEが、欠員補充的にLSE Fellowというのを募集しているくらいだろうか。もっとも、オックスフォードとケンブリッジには、Junior Research Fellowという、また全然違う仕組みのポスドクがあるので、それについては別の記事で説明したい。

ヨーロッパのポスドクでよくある募集広告は、こういうものだ。

(プロジェクト名)(なんか語呂が良いようにこじつけた略称)は、~~~に関するプロジェクトであり、(助成機関)による助成を受けています。Research Fellowは、Professor 〇〇と一緒に、X国におけるYという問題について、研究を進めることが期待されています。

ちょうどいい例があるかなーと思ってjobs.ac.ukを見ていたら、一瞬で見つかったので1つ挙げてみる。想像以上に略称がこじつけでびっくりした。

The Memory of Financial Crisis: Financial Actors and Global Risk (MERCATOR). This project explores (...) The Research Fellow will develop his/her research, in cooperation with the director of project, on (...) In addition, the Research Fellow will carry out, together with the project director and the project’s other research fellows, a programme of interviews of leading bankers.

https://www.jobs.ac.uk/job/CGI716/research-fellow-in-the-robert-schuman-centre-for-advanced-studies

さて、これは雇う側が資金を取ってくる場合だが、ポスドク本人が資金を取ってくる場合ももちろんある。イギリス国内だと、British Academy(日本版学振?)やLeverhulme Trustという財団が出しているフェローシップは、非常に威信が高いとされている。他にもESRCなどいくつかあって、受入機関を通じて応募することになっている。だいたい学振と似たようなシステムと言っていいだろう。

要するに、主体に違いはあるが、イギリス(ヨーロッパ)のポスドクは、概して誰かが外部から資金を持ってくることで成り立つ、つまりポットラックのような仕組みになっているというのが、私の「発見」だった。

持ち寄ってくれない問題

結局私は今年、海外学振も含めて14個のポスドクに応募して、3個採用、1個ショートリストからの辞退、2個ショートリストからの不採用という結果だったのだが、そのうち7個はケンブリッジのJunior Research Fellowのポジションだったので、そんなに沢山のものに応募したわけではない。というか、出すものがあんまりなかった

というのも、上記のようにポットラック的要素の強い欧州ポスドク市場なので、誰かが資金を取ってこないと始まらない。ポスドクを雇うような大規模プロジェクトを回す人がいて、その人の関心が自分と適合して初めて応募できるわけだが、こうした大規模プロジェクトは、「現代的なテーマ」で「ヨーロッパ対象」のものが多くなる傾向にある。私のように、歴史的な志向で、ヨーロッパ外を対象にしている研究者ももちろん存在しているのだが、そうした研究者が、共同研究で大規模プロジェクトを回して、ということをやる事例はあまり多くはないようだ。なので、公募で出るようなポスドクには、そもそも応募できるものがほとんどなかったのである。

そうこう言っているうちに、9月下旬頃に海外学振の結果通知が行われ、幸いなことに内定を頂けた。これはジョブマーケットを心配していた私にとって相当な安心材料で、平静を装いつつ非常に喜んだのを覚えている。住所不定・無職は回避できたわけである。

海外学振の獲得によって、私の「持ち寄りの一品」は既に準備できたわけだが、「もう一品作る」(=別のフェローシップに応募する)かどうか少し考えた。やはりイギリス国内的にはBritish AcademyやLeverhulmeのネームバリューは大きいからだ。ただ、海外学振の受け入れ先をお願いしていたケンブリッジの先生に対して、それも決まったけど、別のフェローシップにも出したい、と言うのは、学内選考があって枠も決まっていることを考えるとかなり言い出しにくいし、特にBAは一回しかチャレンジできないので、今ではないかな、と思い、結局来年以降検討しようということに決めた。こうして海外学振を利用してのケンブリッジ行きが決まったのである(実際には、学振の学位取得要件を満たせるかという不安に2月まで苦しむことになるのだが・・・)。

今回はこのへんで。次回はオックスブリッジの特殊なポスドクシステムか、ヨーロッパのポスドク給料安すぎ問題について書きたいと思う。なお、社会科学の海外ポスドク情報については、茂木良平さんのnoteに、私より格段にシステマティックにまとめられているので参照されたい。