「好きな〇〇」という質問
「好きな〇〇は何ですか?」と聞かれると返答に困ることがある。とはいってももちろん「好きなクワガタは何ですか?」と聞かれれば、まあやっぱりアスタコイデスノコギリクワガタと答えるだろうし、「好きなテニスラケットの振動止めは?」と聞かれれば、特に迷うこともなくキモニーのサウンドバスターと答えることになるだろう。
問題となるのは、その回答が、本人の社会的バックグラウンドやその人自身のセンスと結びつけられるような質問の場合だ。好きなクワガタがアスタコイデスノコギリクワガタだからといって、「うわーこの人越冬もできないクワガタが好きなんだ、ちょっとやばいな」などと思われることはないだろうが(でもギラファノコギリクワガタとかオウゴンオニクワガタとか答える人はちょっと引く)、これが好きな映画だったりすると、その回答はあからさまなジャッジメントを受けることになる。だから人は大して面白くもなかった映画やパラパラめくっただけの小説を好きだと偽り見栄を張ったりするわけで、とにかくこうした質問はめんどくさい。
ちなみに私の好きな映画は500 Days of Summerだが、それを言うとたいてい、サマーは悪女じゃないかとか意外にロマンチストなんだねとか言われて、いやあなたの感想は聞いてないからちょっとグラウンド一周してから出直してきてくれるかな、と言いたくなり、いっそ誰も知らない映画を挙げるとか、『ムカデ人間』と言ったりしてそれ以上の会話が生まれないようにした方がいいのではないかと思われてくる。
「流行の音楽」との距離
そろそろ本題に入ろうと思うが、私の好きな音楽は概ねドメスティックでポピュラーなものである。初めてレンタルショップで借りたCDはスピッツとかウルフルズとかコブクロとかで、ラジオで流れてきたBUMP OF CHICKENの「アルエ」に衝撃を受け、中高生の頃はYUIの大ファンで、高校では邦楽ロックのコピーバンドをやっていた。まあかなりスタンダードというか、10代の間はヒットチャートで流れてくる音楽の多くが自分の好みとそうかけ離れていないような印象を持っていた。
しかし大学生になった頃ぐらいから、流行の音楽がさっぱり響かなくなった。2010年代がアイドル隆盛期だったこともあるが、ヒットチャートの上位の曲に何一つ良いと思えるものがなくなり、好きな音楽に新しいものが加わることがほぼ皆無になってしまった。むしろ私の趣味は時代を逆行し、フラワーカンパニーズとかMONGOL800とかかりゆし58とか奥田民生とか、前からあるもの、その時代もう最新ではないものに移り、ああこれが歳を取るということか、などと思うようになっていた。こうして自分もそう遠くない未来に、「最近の音楽はつまらん、全部一緒に聞こえる」などと乱暴なことを言う柔軟性を失った年寄りになってしまうのか、という悲観的な気分になった。
しかし、である。なんと2020年代に入って、再び「最新の音楽」が自分の好きな音楽と重なり始めたのだ。例えば米津玄師。良い曲作るなあ、と思う。あるいは今年突如大ブレイクしたYOASOBI。最近毎日聞くか口ずさんでいる。あいみょんも好きだし、優里の「ドライフラワー」もいいなと思う。不可逆的な変化だと思っていたものが、ふいに元に戻った感じがして、とても驚いた。10代を最後に、徐々にその時代の流行の音楽と自分の好みが乖離していくという、私が思い描いていた単線的な変化が起きず、逆戻りしたのはなぜだろうか。
好きな音楽二段階仮説
一つには私が興味のなかったアイドル全盛の時代が終わった、ということもあるかもしれない。秋元康系のアイドルもヒットチャートを席巻するようなことはなくなってきたし、ジャニーズにもかつての勢いはない。つまり、2010年代という時代が特異であっただけで、私の好きな音楽は、概ね日本社会の平均的な好みと親和性が高い、という可能性である。だが、個人的にはあまりこの仮説には説得されていない。50代60代になってもヒットチャートの曲を良いと思える気はさすがにあまりしないのである。
そこで私がたどり着いたのが、「好きな音楽二段階仮説」である。つまり、人の好きな音楽は、二つの時期に「時代の流行」と接近するのではないかということである。第一は、人格形成期である10代の頃。多くの人が、この時期に聞いた音楽を、その後も一生愛し続け、懐かしく思い出すことになる。ここまでは私も前からそうだと思っていた。
第二は、同じような音楽を聞いて育った世代が、ミュージシャンとして活躍し始める時期である。一部の例外を除けば、その時代に活躍するミュージシャンと、その時代の音楽の主な受容者の若者との間には、10~20歳ほどの年齢差がある。私が10代の頃に聴いていたBUMP OF CHICKENは、私より一回りほど上の世代で、スピッツやミスチルは二回り上になる。ミュージシャンとしてデビューするには多くの場合時間がかかり、技術を高めて売れるだけのものを作れるようになるのは、たいてい20代・30代になってからのことだろう。つまり、自分がそうした年齢に差し掛かるころ、ちょうど同世代がデビューを飾り、彼らは(個人差はありつつ)同じような音楽に影響されているため、自分とテイストが合う可能性も高いということだ。実際、米津玄師は私より1歳上、あいみょんは3歳下、YOASOBIの曲を作っているAyaseは2歳下で、ほぼ同世代である。この仮説、どうだろうか。
まあ以上は特に調べずに自分の頭の中で考えたことなので、既にどこかで当たり前に言われていたりするのかもしれないが、自分の中では新鮮な発見であった。なお、これはあくまでポピュラー音楽が好きな人の場合で、例えばクラシックが好きだという人に関しては当然ながら当てはまらないだろう。第三、第四の波が存在するかどうかは今の私にはわからないが、いずれ分かることだろう。