紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

2回目接種をめぐる情報戦

制限撤廃とワクチン接種レース

日本ではオリンピックの傍ら感染者数が増え続けていることに対する懸念が高まっているが、ご存知の通り、デルタ株全盛のイギリスは毎日3万人程度の感染者数を出しつつ、今月19日からほとんどの制限が撤廃され、国内にいる限りは、良くも悪くもほぼ通常通りの生活が送れるようになっている。そうなるとさぞ感染者数は増えるのだろうと思われそうだが、なぜかここ一週間ほど減少傾向にある。一方で、NHSの接触追跡アプリによって隔離を求められる人が続出し、多くのサービス業で、人手不足で店が開けない、などという状況が発生している。

このようにイギリス政府が、制限撤廃という大きな賭けに出ることができたのは、国民の多くにワクチンが行き渡ったという自信があるからである。そう、国民の「多く」に。ワクチン懐疑派がいるから「多く」なのだと思ったあなた、半分正しい。しかし、ワクチンを打ちたいと願う国民の中にも、まだそれが行き渡っていない人々がいるのだ。若者である。

イギリスのワクチン接種は、厳格に年齢ごとに進められ、高齢者から50代、40代・・・(実際はもっと小刻み)と進んでいき、ついに20代にも接種枠が開放されたのは6月のはじめのことだった。6月前半に1回目を打てば、2回目は7月前半になると、普通思うだろう。しかしそうは問屋が卸さない。前回の記事でも触れたように、偉大なる大英帝国は、8週間接種の間隔を空けた方がワクチンの効果が高まるという独自の謎理論を国是としているので、6月前半に1回目を打った場合、2回目を打つのは8月前半ということになってしまう*1。つまり、制限が撤廃された後である。これまで長らく順番を待ってきた若者にワクチンが行き渡る前に、社会をオープンし、あとは自己責任で、と言ってしまうのだ。

もちろん、コロナに対する危機感が薄く、パブやナイトクラブが開くのを待ち焦がれていたような若年層は、何でもいいから開けてくれと思っているのだろうが、そうでない若者にとっては、納得できない話である。自分たちがまだ行動を制限しなければならないときに、上の世代は旅行を楽しんでいたりするわけだから。すると何が起こるか。8週間より早く2回目を打ってくれるクリニックを、血眼になって探し始めるのである。

2回目接種をめぐる情報戦

こうして、英語圏掲示板サイトであるRedditに、GetJabbedというスレッドが打ち立てられ、どこで4週間で打てたとか、ここはダメだったとか、毎日数百件もの書き込みが行われる情報網が自発的にできあがったのである。禁酒法時代のアメリカにもRedditがあれば、きっとGetDrunkとかいうスレッドが立ったことだろう。

私も、8月中旬まで2回目接種を待たなければならない状況で、目下の感染状況を考えると一刻も早く打ちたいと思ったため、半信半疑でありつつも、毎日このRedditを確認するようになった。何日か追っていて分かったのは、ファイザーはロンドン各所に8週間より早く2回目を打ってくれるクリニックがあるものの、モデルナの場合、選択肢が非常に少ないということだ。どうやら、ロンドン市内で定期的に2回目接種を行っているのは、トッテナムにあるSomerset Gardens Pharmacyというところだけで、あとは郊外の小さな薬局にやっているらしいところが2、3あるようだった。ただ、Somerset Gardensは火曜日と日曜日だけだったので、他にそれより早くできるところが出てこないかな、と思いながら引き続きRedditを見ていた。

そうすると、金曜日にもう少し家から近い薬局で、モデルナの飛び込み接種をしているという情報がアップされた。その日は夜に予定があったので、私は翌土曜日にそこに行ってみることにした。しかし、これが間違いだったのである。翌日の朝、薬局の開店30分ほど前に着くように行くと、既に数十人が薬局前に列をなしており、開店と同時に全員が店内に流れ込んだ。しかし何やら様子がおかしい。先頭の方にいた人たちが、接種をせずに引き返してくるのである。戻ってきた人たちに聞くと、早期接種はもう行わない、8週間経った人だけが対象だと言われたとのことだった。結局、この日集まった数十人は、誰も接種を受けられないまま解散させられた。

といっても、前日のReddit情報がガセだったわけではない。なぜこういうことが起きるのかというと、前述のようにイギリスの医療当局であるNHSは、8週間以内の2回目接種を推奨しておらず、それを行っている薬局に連絡して、中止するよう圧力をかけているらしいのだ。従わない薬局もあるところを見ると、ペナルティはないのではないかと思うし、被接種者に対しても罰則などはなく、また接種の証明書も問題なく発行されるのだが、圧力を受けて途中で早期接種を中止してしまう薬局も多いようだ。私が行った薬局も、結局一日限定で早期接種を打ち切ってしまったというわけ。金曜日に予定があるからといって一日様子見をしてしまったばっかりに、接種の機会を逃してしまったのだ。ここに私は2つの誓いを立てた。1つは、早期接種の情報を見つけたら、万難を排してその日に行くということである。もう1つは、絶対に打てるように、朝早くから並ぶことである。戦後の闇市に赴く人の意気込みもかくあらんやという強い決意であった。

さて翌日の日曜日、私は普段にはないくらい早起きをして(といっても7時くらい)、9時開店のところ、8時に現地に着くようにUberに乗った。さすがに1時間前ならそんなに並んでいる人もいないだろうと思いきや、既に薬局の前には数十人が列をなしており、わずか数分で私の後ろにも10人ほどが並んだ。その後も列は膨らみ続け、Redditの書き込みを見ると、最終的に2-300人ほどの人が並び、遠く離れたストリートまで列が続いていたそうである。折しもイギリスは熱波に見舞われており、強い日差しが直に照りつけるなか、座ることのできる場所もなく、我々はひたすらに並び続けた。回転は遅く、最終的に私が接種を受けられたのは、11時過ぎ、なんと3時間以上も並んだ後であった。ディズニーランドでもこれほど並ぶことは多くないだろう。しかし、ディズニーランドのアトラクションよりも遥かに大きな効用を得ることができたのだから、文句は言うまい。もっとも、イギリス政府の馬鹿げた政策がなければ、普通に予約をしてスムーズに接種できたはずなのだが・・・。

いずれにせよ、こうして私のワクチンをめぐる情報戦は終わりを告げた。1年以上もコロナに翻弄されてきて、ようやく2回のワクチンを接種できたというのは、さすがに感慨深かった。しかし、まだ戦いは終結したわけではなかった。そう、副反応である。

f:id:Penguinist:20210801190205j:plain

私が接種したSomerset Gardens Pharmacy。残念ながらその翌週を最後に、ここも早期接種をやめてしまった。

副反応はけっこうきつい

1回目の接種の際は、打った左腕が痛くなり、数日間腕を上げられなかったという程度だったのだが、2回目の方がキツいという話を聞いていたので、警戒していた。しかし、若者の方が副反応がひどいのは若者の方が免疫力が高いからだと聞くが、だとすると副反応は出てほしくない一方で、なかったらなかったで免疫力が低いということになり、微妙にアンビバレントな気持ちになる。

接種を終えてから夕食後まで、まったく何ともなかったのだが、夜9-10時ごろから、何となく倦怠感が出始め、頭痛がし始めた。この時点ではまあ単なる疲れとも言える程度であり、どうせ寝れば大丈夫だろうと高をくくっていたのだが、甘かった。12時前に就寝し、普通に入眠はできたのだが、1時半頃、身体があまりに熱くて目が覚めた。計ってみると熱は37度ちょうどくらいだったのだが、とにかく身体が熱くて仕方がない。冷凍庫から保冷剤を出してきて首筋やおでこを冷やしつつ何とか眠ったが、また起きてしまい、保冷剤を取り替えてまた冷やした。同時に身体が非常にだるく、また身体を内側から押されているような、骨に圧力をかけられているような痛みが身体全体にあり、眠るのに苦労した。起きたら身体の熱さは収まっていたものの、身体のだるさと痛み、頭痛は続いており、2日目は動くのも一苦労だった。

副反応のピークは2日目で、3日目以降はかなりマシになると各所で言われているが、これはその通りで、私も3日目になると上記の症状はほぼなくなっており、4日目からは完全に通常通りに戻った。事前に副反応についての情報が沢山あるから、私はそこまで不安になることもなかったが、ワクチンの治験に参加した人たちは、自分の身に何が起こっているのか、相当心配だったのではないかと想像される。

飛び込み接種で、手書きでNHS number(被保険者番号)を提出しただけだったので、接種の情報がシステムにちゃんと反映されるのか不安だったのだが、接種翌日には無事、NHSのシステムに2回目接種の情報が反映されていた。政府が本気で早期接種を取り締まろうと思えば、8週間以内に打った人はシステム上接種と認めない、という政策を取れば(接種証明が取得できなくなるため)効果てきめんだと思うのだが、それは明らかに本末転倒なので、そういうことをしないだけの理性はまだジョンソン政権にもあるのだなと感じた。

今日で2回目接種からちょうど2週間が経つので、これで正式に私はfull protectionを得られたことになる。デルタ株の出現によって、パンデミックの出口がまた見えづらくなってしまったが、兎にも角にもリスクを大幅に下げられたということで、大きな安心感が得られた。

 

*1:少し前まではこのインターバルは12週間だったのだが、最近になって政策が変更され、8週間になった。間隔が長い方が良いというのは政府の科学者の公式見解なわけだが、実際の科学的エビデンスはせいぜいmixedである。以下の記事がよくまとまっていた。関係ないけど、世の中には"mind the gap"というタイトルの記事や論文が多すぎる。https://www.telegraph.co.uk/global-health/science-and-disease/mind-gap-evidence-behind-governments-covid-19-vaccine-dosing/