紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

ケンブリッジのポスドク仲間たち

すっかり更新が滞ってしまった。イギリスはどんどん寒くなってきて・・・と言おうかと思ったが、ここ最近はそんなに寒くもなく、雨もあまり降らないでどちらかというと(イギリス基準では)過ごしやすい天気が続いている。まあ、これが一瞬で暗転することは身に沁みてわかっているので心の準備はしているが。

更新が遅れたのには理由があって、新年度が始まってとにかく色々と忙しいからである。初めて自分で一から作った授業を教えたり(修士向けのセミナーなのでちゃんと準備していかなければならない)、Cambridge IR & History Seminar Seriesという研究会の運営をやったり(今日最初のセッションがあった)、博論の出版のためにブックプロポサールを書いたり、投稿論文を書いたり、仕事に応募したりといったタスクが常に山積みである。博士の期間も色々と忙しかったが、ポスドクはそれに輪をかけて忙しい。

もうケンブリッジに所属してから5ヶ月、新年度が始まってから1ヶ月近くが経っているので、だいぶこちらの知り合いなども増えてきた。ポスドクというのは、教員でもなく院生でもない中途半端な立場だが、良く言えばどちらとも気軽に接することができる便利な立場でもある。なので教員とインフォーマルにおしゃべりしたり、一方でPhDの友人と飲みに行ったりと、交友関係もだんだんと広がってきた。

その中で、同じポスドクという立場の仲間は格別に重要である。同じ立場なので話が合うし、研究の話を聞いていても面白い。目的を共有しているから、共通の悩みなどについても気軽に話せるのがいい。

今、私にはケンブリッジ内に主に2つの所属先があって、そのそれぞれにポスドク仲間がいる。1つは学部(Department of Politics and International Studies: POLIS)で、ここには数人ポスドクが所属しているようなのだが、前にも言ったように、この学部には自前のポスドクというものがなく、いる人は皆どこからか資金を調達してくるか、カレッジのJunior Research Fellowとして雇用されていて、学部「にも」所属を持っている、という形なので、全員が学部によく顔を出しているわけではなく、名前も顔も知らない人が大半である。

その中で、唯一接点が多いのが、Jaakkoである。フィンランド人の彼はケンブリッジのPhD出身で、去年からポスドクとしてPOLISに所属しており、何かとケンブリッジのことを教えてもらっている。上述のIR & Historyセミナーも、彼との共同運営である。彼はPhD時代から既にかなりの数の論文を出版しており、非常に優秀である意味有名人なので、会う前はとっつきにくい人なのかと思っていたが、実際会ってみるととってもいいやつで、よく気が合った。一緒に仕事をしていても気楽で、同じ学部のポスドクに彼がいて非常にラッキーだった。

もう1つの所属先は、カレッジで、我がWolfsonカレッジには、総勢20人ほどのJunior Research Fellow(JRF)という肩書きのポスドクがいる。専門は多岐にわたり、工学や公衆衛生から、古典や音楽まで、分野に偏りがないように意図的に採用されている。カレッジで研究しているわけではないので、頻繁に顔を合わせるわけではないのだが、カレッジでは週に2回フォーマルディナーが開催されており(フェローは週2枚のチケットを与えられ、それを自分が2回行くか、ゲストを誘って1回行くのに使えることになっている)、そこで顔を合わせたり、月に1回、Governing Body MeetingというJRFだけでなくカレッジのフェロー全員の集まりがあり、その後にディナーがあるのだが、そこで会ったりするので、だんだんお互いの顔を覚えていく。その他、JRFのWhatsappグループがあったり、コロナ前は週に1回JRFのランチというのを開催していたらしいが、それはまだ復活していない。

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できるだけ週に1回フォーマルディナーに行くようにしている。

まだ薄く広く知り合ったばかりなので、カレッジのポスドクについては皆をきちんと知っているわけではないのだが、その中で一番仲良くなったのが、Chandrimaというインド出身の物理学者である。彼女はなんというか、今まで出会った人の中で一番すごいと思う人の1人である。宇宙物理学者ということで、彼女の研究は私の理解の範疇を超えているのだが、その専門的な内容を素人にも分かるように説明するのがまず圧倒的に上手い。そして全体的にコミュニケーション能力がめちゃくちゃ高くて、彼女の周りには人が集まり、彼女と話せば物理学者に対する社会的ステレオタイプは簡単に粉砕される。さらにその佇まいもすごくユニークでかっこいい。メンズの洋服や、アンティークショップで買ったアクセサリーを自分のやり方で着こなしていて、彼女にしかできないファッションを自分で構築している。

20代半ばから30代前半というのは、多くの人にとって一人の時間が一番長くなる時期だと思う。出生家族の元を離れ、教育課程を終え、(する人は)自分で家族を形成するまでの期間。創設家族を持つことになる人にとっては、長くても10年ほどしかないその期間は、1人をベースに友人や恋人と過ごすのが一般的だと思うが、学校/大学を出ると、新しく人に出会うことも減るし、今までの友達とは徐々に話が合わなくなったりして、だんだんとサークルが狭くなりがちである。私は大学に長くいたのと、留学をしたことによって環境がリセットされ、新しく知り合う人が増えたこともあって、あまりそうした孤独を感じることが少なかった方だと思うが、それでもオックスフォードの最後の方は、新しい人と知り合う機会も減ったし、インセンティブもなくなってきて、少し退屈し、自分が歳を取ったような気になっていた。だが、ポスドクケンブリッジに場所を移したことにより、また新しい人と出会う機会が得られ、生活に弾みが戻ってきた感じがする。環境を変えてよかった。

しかし同時に思うのは、今はポスドクということで幅広く友達になることが可能だが、教員として知り合いもいない街に、仕事のために移住するのは大変だろうなということである。教員として学生との年齢差が広がれば、学生の集まりに顔を出して友達になることはできないし、一方で教員仲間は年代も違ったりそれぞれに家族があったりしてなかなか近づけない、しかし職場以外の人と知り合う機会もない、というような状況になれば、孤独は深まるのではないかと想像する。どこで仕事を得るかというのは、そういう意味でも重要だなと思わされる。

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形式的なものだが、フェローとして迎えられるにあたり何か仰々しい宣誓をさせられた。