紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

2021年に読んだ小説

昨年と変わらず、2021年もめちゃくちゃな1年だったが、パンデミックも1年以上経つとずいぶんと慣れてきて、急な予定の変更などにもあまり動じなくなってきた。それが良いことかというと必ずしもそうではなくて、要するに最初から半分諦めてしまっているということだろう。2022年こそは元の生活に戻れることを期待したいものだ。

さて、例年通り、2021年に読んだ小説をまとめておきたい。2020年は38冊と、例年に比べてかなり少なかったのだが、2021年は多少なりとも時間的な余裕があり、また小説を読む主な時間である移動時間が大幅に増えたこともあって、読書量も以前の水準に戻った。というわけで、読んだ小説は全部で65冊である。以下はそのリストだ。

日付 タイトル 著者
1/1 室町無頼(下) (新潮文庫) 垣根涼介
1/10 泣かない女はいない (河出文庫) 長嶋 有
1/10 出会いなおし (文春文庫) 森絵都
1/12 駅物語 (講談社文庫) 朱野 帰子
1/25 阿蘭陀西鶴 (講談社文庫) 朝井 まかて
2/9 月は怒らない (集英社文庫) 垣根 涼介
2/12 遠縁の女 (文春文庫) 青山文平
2/14 思い出トランプ (新潮文庫) 向田邦子
2/17 新選組の料理人 (光文社文庫 か 53-5 光文社時代小説文庫) 門井慶喜
3/4 新装版 あ・うん (文春文庫) 向田邦子
3/6 檸檬 (新潮文庫) 梶井基次郎
3/28 銀河食堂の夜 (幻冬舎文庫) さだ まさし
4/11 アメリカーナ 上 (河出文庫) チママンダ・ンゴズィアディーチェ
4/14 アメリカーナ 下 (河出文庫) チママンダ・ンゴズィアディーチェ
4/23 わたしは英国王に給仕した (河出文庫) ボフミルフラバル
5/1 ブルックリン・フォリーズ (新潮文庫) ポール・オースター
5/2 赤いモレスキンの女 (新潮クレスト・ブックス) アントワーヌローラン
5/4 古都 (新潮文庫) 川端康成
5/8 結婚という物語 (ハーパーコリンズ・フィクション) タヤリ ジョーンズ
5/11 ソトニ 警視庁公安部外事二課 シリーズ1 背乗り (講談社+α文庫) 竹内 明
5/15 ウルトラ・ダラー (小学館文庫) 手嶋龍一
6/5 複眼人 呉 明益
6/7 わたし、定時で帰ります。 (新潮文庫) 朱野帰子
6/19 華麗なる一族(上) (新潮文庫) 山崎豊子
6/19 華麗なる一族(中) (新潮文庫) 山崎豊子
6/22 華麗なる一族(下) (新潮文庫) 山崎豊子
6/23 スパイ武士道 (集英社文庫) 池波 正太郎
6/26 いのちの停車場 (幻冬舎文庫) 南 杏子
6/28 旅路 上 (文春文庫 い 4-134) 池波 正太郎
6/28 旅路 下 (文春文庫 い 4-135) 池波 正太郎
7/27 帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1) ティムール・ヴェルメシュ
7/27 帰ってきたヒトラー 下 (河出文庫) ティムール・ヴェルメシュ
7/28 恋愛中毒 (角川文庫) 山本 文緒
8/3 人生教習所(上) (中公文庫) 垣根 涼介
8/3 人生教習所(下) (中公文庫) 垣根 涼介
8/4 蹴りたい背中 (河出文庫) 綿矢 りさ
8/7 あひる (角川文庫) 今村 夏子
8/30 52ヘルツのクジラたち (単行本) 町田 そのこ
9/7 もう終わりにしよう。 (ハヤカワ・ミステリ文庫) イアン・リー
9/21 熱帯 (文春文庫 も 33-1) 森見 登美彦
9/22 At Night All Blood is Black David Diop
9/22 The Underground Railroad Colson Whitehead
10/3 震度0 (朝日文庫 よ 15-1) 横山 秀夫
10/9 凍える牙 (新潮文庫) 乃南アサ
10/16 女刑事音道貴子 花散る頃の殺人 (新潮文庫) 乃南アサ
10/18 鎖(上) (新潮文庫) 乃南アサ
10/18 鎖(下) (新潮文庫) 乃南アサ
10/26 むらさきのスカートの女 今村夏子
10/27 ある男 (文春文庫 ひ 19-3) 平野 啓一郎
11/1 嗤う闇―女刑事音道貴子 (新潮文庫) 乃南アサ
11/7 風の墓碑銘(エピタフ)〈上〉―女刑事 音道貴子 (新潮文庫) 乃南アサ
11/7 風の墓碑銘(エピタフ)〈下〉―女刑事 音道貴子 (新潮文庫) 乃南アサ
11/8 Made in Saturn Rita Indiana
12/1 Normal People Sally Rooney
12/2 同期 (講談社文庫) 今野 敏
12/5 フーガはユーガ (実業之日本社文庫) 伊坂 幸太郎
12/9 長く高い壁 The Great Wall (角川文庫) 浅田 次郎
12/12 元彼の遺言状 (宝島社文庫 ) 新川 帆立
12/15 欠落 (講談社文庫) 今野 敏
12/16 変幻 (講談社文庫) 今野 敏
12/19 残照 (ハルキ文庫) 今野 敏
12/20 少年と犬 馳星周
12/22 隠蔽捜査 (新潮文庫) 今野敏
12/24 ルパンの消息 (光文社文庫) 横山 秀夫
12/31 熱源 川越宗一

時間と空間を広げる

例年に比べて、作家の偏りが比較的小さく、比較的多様な作家の作品を読んだように思う。というのも、私は特別好きな作家ができると、サバクトビバッタのようにその作家の作品を読み尽くしてしまう癖があって、新しい作家を開拓しないと読むものがなくなってしまうのだ。一方で、年齢を重ねて少しは物が分かるようになってくると、国内で今話題になっている小説、というようなものを読むと、偉そうなことを言えば少々薄っぺらく感じてしまうようになった。

そうなると選択肢は2つで、1つは時間を遡って「昔の」小説を読むこと、もう1つは空間を広げて外国の小説を読むことだ。この2つに取りかかりつつ、それらに取り組むエネルギーがないときにファストフードのように衝動的に国内現代小説を読む(こちらの方が数は多い)、というのが2021年の読書の特徴だろうか。

特に面白かった小説

2021年に読んだ中で、まずダントツで面白かったのは、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『アメリカーナ』である。ナイジェリア出身の主人公が、恋人を置いて渡米し、アメリカで人種・ジェンダーに関わる様々な出来事を経験して、やがて帰国する。一方ナイジェリアに置いてきた恋人も後に海外に渡り、苦労しながら結局は帰国し、ナイジェリアで二人は再び巡り合う・・・というような話なのだが、自分とバックグラウンドは全然異なるのに、外国で暮らすことの葛藤、母国に対するアンビバレンス、人種やジェンダーへの鋭い視線など、小説として楽しみながらも驚くほどに我が身に引きつけて読むことのできる作品だった。この小説は、このブログを読んでくれている人全員に薦めたいし、アディーチェの他の作品も引き続き読んでいきたいと思う。

続いても海外小説になるが、Colson WhiteheadのThe Underground Railroad。英語で読んで後から知ったのだが、邦訳が『地下鉄道』というタイトルで早川書房から出ているので、そちらを読むのもいいと思う。アメリカ南部の極めて過酷な環境に置かれた奴隷の少女が、北部へと奴隷を逃してくれる地下鉄道があるという噂を聞き、決死の脱出を試みる、というストーリーで、あまりに残酷な扱いを受ける奴隷の話を読むのは少し辛い面もあるのだが、そうした時代にあっても奴隷制に対して反対する人間というのは確かに存在したことに何か救われる。また、ハラハラする展開はエンターテインメント小説としても完成度が高く、一気に読めてしまう。プライムビデオでドラマ化もされていて、観てはいないのだが、確かにドラマ向きだろうと思う。

もう1つここに挙げてもいいかなと思うのは平野啓一郎の『ある男』。不慮の事故で亡くなった夫が、実はまったくの別人だったことが分かった妻から、夫が本当は誰だったのか調査してほしいと頼まれた弁護士の主人公が故人の人生の謎に迫っていく、というストーリー。平野啓一郎については正直アンビバレントな気持ちがあって、というのも、Twitterなどで時々流れてくる彼のリベラルな考え方には好感があるのだが、少し前に非常に話題になった『マチネの終わりに』が、まったく良い小説と思えなかったのだ。無駄に華美で衒学的な文章、スノッブな価値観、トレンディドラマみたいな一昔も二昔も前の西洋礼賛、そういったところがとにかく鼻についた。例えばこういうところ:

世界に意味が満ちるためには、事物がただ、自分のためだけに存在するのでは不十分なのだと、蒔野は思った。/

蒔野は特に、初めて読んだルネ・シャールの詩集にのめり込んだ。ブーレーズの曲で、存在だけは知っていたが、難解なアフォリズム風の詩句が並ぶその本は、たちまち傍線と書き込みで溢れ返った。

西洋文化に通暁していることが「教養」で「おしゃれ」で、誰もが憧れるようなヨーロッパでの生活をしているかっこいい主人公、というのは辻仁成でもあるまいし、ちょっともう古いのでは?と思って、この小説がベストセラーであったことを考えるとどうやらそうではないらしい社会とのギャップに驚いた。

そういう経緯もあって、警戒しながら『ある男』も読んだのだが、こちらは設定が完全に日本ということもあって、あまり上記のような私が我慢できない部分に邪魔されず、読むことができた。やはり説明的だったり衒学的だったりする文章に少し興ざめすることもあったが、ミステリーとして純粋にストーリーが面白く、その中に諸々の社会問題が挟み込まれていてそれなりに考えさせる内容でもあった。なんだか批判の方が先に立ってしまったが、65冊の中から3冊目に挙げるくらいには面白いと思っている。

その他雑感

本読みでありながら、これまで私は恥ずかしながらほとんど英語で小説を読んでこなかった。日本語で読む方が早いし、余暇にやることとしての心理的ハードルが低いから、そちらに流れていたというか。ただ、研究と同様に、外国語を選択肢に入れれば、触れることのできる世界は格段に広がる。国内の現代小説に物足りなさを感じるようになれば、やはり英語で読み始めるほかはない。中間的な選択として翻訳小説はあるのだが、翻訳が出ている小説は全体から見れば少なく、またタイムラグもあることを考えると、英語で読むことが一番良いと思った。

実際に英語で小説を読むようになると、日本語ほどではないにせよ、意外にすんなり読めることに気づいた。まあ、日頃英語で仕事をしているのだから、当然といえば当然なのだが、自分の中での思い込みを取っ払うことは重要だなと、改めて思わされた。

とは言いつつ、実際に読んだ海外小説は翻訳を入れても全体の20%程度で、一番多いのは国内エンターテインメント小説であった。やはり疲れているときとか、スキマ時間とか、通勤中とかにすぐ読もうとなるのは、iPhoneKindleアプリで読んでいるこうした小説で、必然的に数が増えていく。時代小説を過去数年でひとしきり読み漁ってしまった私は、今年どうやらその代替物を見つけた。警察小説である。ストーリーに起伏があって、ハラハラさせて、どんでん返しがあったりする警察小説は、暇つぶしに最適だ。今野敏横山秀夫が、今のところ安定して面白い。

今年の読書における目標は、海外小説をもっと開拓すること、国内小説については時間を遡って読みすすめること、というところだろうか。今年も良い小説にたくさん巡り会えれば嬉しい。