紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

ロンドンでメンズ服を買う①:導入

やはり5年間海外で生活していると、色んなことが現地化されてくるもので、つまみもなしにビールが飲めるようになるし、パブで仕事ができるようにもなるし、休日など昼間からビールを飲んでも罪悪感を覚えなくなる。Sushiを寿司とは別モノとして評価できるようにもなるし、湯船につからなくても平気になるし、気温が28度くらいになると異常に暑く感じたりする。

私にとってはファッションもそういうもので、留学当初はこっちの服屋に行っても「あまりピンとくるものがないなあ」などと思っており、帰国の際にまとめて服を買ったりしていたのだが、徐々にこちらのブランドを覚えていくと、気に入ったアイテムが見つかるようになり、なかなかイギリスのメンズ服もいいなと思えるようになってきた。

今となって考えてみれば、イギリスのブランドを気に入るのも当たり前の話で、イギリスはことメンズ服においては、イタリアや日本などと並んで世界の中心地の1つになっているからだ。日本で近年大流行しているらしいBarbour(バブアー)もイギリスのブランドだし、John Lobb、Edward Green、Church's、Crockett & Jonesといった高級紳士靴のブランドはことごとくイギリス発祥で、高級テーラーが集まるロンドンのサヴィル・ロウは「背広」の語源ともされる。

そこで今回は、5年間で少しずつ蓄積したイギリス(ロンドン)のメンズファッション事情について書いてみようと思う。なお、私はファストファッションは好きではないが、一方でグッチだアルマーニだグローバルなハイブランドにも興味がないので、ここで対象としているのは、うまく説明できないが「ちょっと手を伸ばせば届きそうな、こだわりを感じるイギリスのブランドやショップ」という感じである。今回はその導入編。

イギリス人のおしゃれ二極化現象

ロンドンはヨーロッパの他の都市と比べておしゃれな男性が多い街だと思う。街を歩いていて、あるいは地下鉄に乗っていて、「うわこの人のセンスめちゃかっこいいな」と思うことはままあって、個人的な見解だが、一般におしゃれなイメージのあるパリよりは遥かにその辺を歩いている人の洗練度は高いと思う。(ただ一方でもちろん、ダボダボのTシャツに半ズボン、そして長い靴下、みたいなお兄さん/おじさんもいっぱいいる。)

とはいえ、平均的なファッションへの関心は、たぶん日本/アジアの方が圧倒的に高い。この差は(ジェンダーギャップの大きい社会で常に「美しく」あることを求められがちな)女性においてより顕著だと思うが、男性においても、服に何らかの関心を持っている人の割合は日本の方が高いような気がする。というか、男たるもの服なんかにこだわらない、みたいなマスキュリニティ規範が存在していて、これは日本よりもイギリスの方がはるかに強い気がする。

イギリスで感じるのは、一部の人が突き抜けておしゃれで、その他の人はあまり服に気を使わない、という二極化現象である。まあこれはどこの社会でもそうかとは思うが、ロンドンでは特に、思わず二度見三度見してしまうような段違いにおしゃれなおじさんが時々いる。サヴィル・ロウ(高級テーラーが集まる通り)やジャーミンストリート(高級紳士靴ブランドが集まる通り)などの高級紳士服で有名なスポットを歩いていると、この種のおじさんを観測できる可能性が高い。

日本のプレゼンスは高い

これもロンドンで服屋巡りをしていると感じることだが、ファッション業界における日本のプレゼンスはめちゃくちゃ高い。例えば日本の代表的なメンズショップの1つであるBEAMSの商品がロンドンのセレクトショップに置かれているのをよく見かける(ただSHIPSとかUNITED ARROWSとかは全然見かけない)し、EDWINのデニムも頻繁に目にする。こちらのブランドでも、和服にインスパイアされたジャケットを売っていたり、なぜかNiwakiという日本のガーデニング用品のブランドとコラボしているところがあったりする。

極めつけは、この前ショーディッチのSon of a stagという評判の高い、デニムを中心に扱っているショップに行ってみたのだが、やけに日本の聞いたこともないブランドがたくさん並んでいて、不思議に思ったので店員に聞いてみたら、なんとその店ではほとんど日本から仕入れたものしか売っていないらしい。しかも家に帰って店に置いていたブランドをググってみると、地方で生産している小規模な会社だったりして、非常に驚いた。

その店の人は、日本で作られた物のほうが圧倒的に質が高いから、扱うものが日本のものばかりになるのだと言っていた。日本ではファッションへの関心が高く、また地方も含めて手仕事でレベルの高い縫製などを行える技術が残っているために、ファストファッションなどではない質の高い商品を作るブランドが残っている、ということなのではないかと思う。イギリスでは、一部の人は関心が高いものの、大半はTopshopとかPrimarkとかNextとかH&Mとかのファストファッションしか買わないから十分な需要もなく、ノーザンプトンの靴工場などを除いてあまりもう国内に力のある工場が残っていないのかもしれない。日本も今後それが続くのかどうかはわからないが。ちなみに、そのショップでは結局何も買わなかった。日本で買う場合の倍以上の値付けがされていたので・・・。

日本とイメージの違うブランド

他に私が面白いと思った点として、日本でのイメージとイギリスでのイメージがかなり異なるブランドの存在が挙げられる。その代表がBarbourとClarksだ。最近日本でも大流行しているらしいBarbour(Youtubeでファッション系Youtuberの動画を時々見たりしているのだが、Barbourは頻繁に取り上げられている)は、オイルドジャケットが有名で、ブランド名を知らない人も、下の動画に出てくるようなジャケットを着ている人を見たことはあるのではないかと思う。

そもそもBarbourをなぜ日本ではバブアーと発音するのかよくわからないのだが(英語的には「バーバー」に近いはず)、日本ではかなりいい値段で売られていて、ロイヤルワラント(王室御用達的な意味)が与えられている由緒正しいブランドで、渋くてかっこいいみたいなイメージがあると思う。

確かにそれは間違っていないと思うのだが、イギリスでは街中でそんなに頻繁にこれを着ている人を見かけるわけではない。ただ、Barbourの直営店はけっこう色んなところにあって、扱っている店もよく見かける。どういう店でよく見かけるかというと、地方都市にあるアッパーミドル以上のおじさんが行くような店、ツイードのジャケットとかシャツとかが置いてあるような店のカジュアルセクションでよく見る。オックスフォードにもこの手の店がよくあった。元々が釣りとかハンティングで着るようなカントリーファッションのブランドなので、ロンドンの街中でこれを着ている人がたくさんいるわけではないのだ。

あともう一つは、Barbourはジャケットだけを売っているブランドではないということ。イギリスではBarbourのシャツも、セーターも、ボトムスも売られている。特にシャツは色々なチェック柄があって、私も何枚か持っていて気に入っている。

続いてClarksだが、日本ではワラビーやデザートブーツなどが有名で、「そんなに高くはないけどおしゃれな実力派ブランド」みたいな感じで知られていると思う。基本的にスエードのブーツ以外はあまり扱われていないのではないだろうか。しかし本国イギリスでClarksに行ってみると、店の構えの安っぽさに驚くと思う。Clarksは地方都市の目抜き通りには必ずといってよいほどあるが、殺風景な店に適当な感じで雑多な靴が置かれている。ワラビーやデザートブーツが有名なのは同じだが、スニーカーも含めて、その他にも色んな種類の靴がある。私は履きやすいし価格も良心的なので、Clarksは結構好きなのだが、日本で抱いていたイメージとは違った。日本のイメージと合致するのは、SohoにあるClarks Originalsという店舗で、こちらはブランドの原点に回帰というコンセプトでスエードのブーツ系の靴を若干高い価格帯で展開しているおしゃれな店である。

全体像を知るためのおすすめショップ

私も渡英当初そうだったように、一部の超有名ブランドを除いて、イギリスに一体どんなブランドがあるのか分からない、という人も多いだろう。こういう場合、セレクトショップに行けば、色々なブランドから選ばれた商品があって、全体像を把握するのに非常に有益なものだが、イギリスにはどういうわけかあまりセレクトショップという業態が見られない。日本だと、UNITED ARROWSとかBEAMSとかも、自社ブランドが多くはなっているが、一応セレクトショップであって、特に海外のブランドの商品などを仕入れて売っていると思うが、イギリスのショップは基本的に自社の商品しか置いていない(靴やバッグなどは例外)。なので、個別に各ブランドの店に行かなければ商品が買えないことになる。あと、そもそも小さい店が多く、扱っている商品の数が少ない。

色んな店を回るのがめんどくさい、あるいはそもそもどんな店があるかわからない、という人におすすめできるセレクトショップ的な店は2つあって、それはLibertyとJohn Lewisである。Libertyはロンドンの中心地であるOxford Circusの近くにある伝統あるデパートで、まあ扱っているものは基本的に高級であり、プレゼントを探す時以外に私が利用することはあまりないのだが、木造の歴史ある建物や雰囲気が好きで、近くに行くとつい立ち寄ってしまう。

このLibertyは地下一階がメンズのフロアになっていて、イギリスで売られている有名なブランドは、一通りぜんぶ揃っていると言ってもよい。扱われているブランドの数が非常に多く、そのため各ブランドの商品数は必然的に比較的少なくなるが、価格帯やスタイルをチェックして、選択肢の全体像をまず把握するにはもってこいである。この近辺には主要なブランドの店が集中しているので、ここで見定めたブランドの路面店に行ってみるのがよいだろう。

ただ、高級デパートである以上、Libertyで扱われているブランドの価格帯はかなり高めなので、もう少しリーズナブルなものを検討したい場合は、John Lewisが意外におすすめである。ここもまあ百貨店の一種なのだが、どちらかといえば電化製品や家具などに強い印象がある中級のデパートである。ロンドンではOxford Circusに店舗があるのだが、John Lewisの強みはむしろ、地方都市にたくさん店舗を持つという点だろう。オックスフォードにもケンブリッジにもあったし、イングランドの地方都市のHigh StreetにはだいたいJohn Lewisがあると言っても過言ではない。

John Lewisのメンズ服は、特にフロアが大きいわけでも、店の中で中心的な位置を占めているわけでもないのだが、意外に色んなブランドが揃っていて、価格も(あくまで比較の上だが)それほど高くはない。私もオックスフォードにいた際は、ロンドンには頻繁に行けなかったので、代わりによくここに行ってイギリスにはどんなブランドがあるのか勉強していた。

さて、こんな感じで全体像を把握したら、次は個別のショップを訪れたい。次回からは、カジュアル編、フォーマル編、セール編などに分けて、もう少し詳しく紹介していこうと思う。