紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

A駅とB駅のあいだ

帰国してからなんだかんだと忙しくしているうちに更新が2ヶ月も滞ってしまった。7月半ばにイギリスから帰ってきたわけだが、数日後にオーストラリアでシンポジウムがあって、そこから戻ってきてまた1週間ほどで弘前の研究会に出て、7月はそれで終わってしまった。

8月は著書の日本語版の原稿を修正していたのに加えて、引っ越しをした。それまでの部屋はイギリスから就職に伴って本帰国した2年前に、1週間ほどの間に下調べから内見、契約まで済ませた部屋で、わりと気に入ってはいたが、難もあったので更新日が来るのを機に退去することにしたのである。

それまでいた界隈を気に入っていたのでその近くでと思っていたのだが、なかなか希望を満たす物件がその近くでは見つからず、結局そこから歩いて20分ほどの場所に住むことになった。前のところほど周りに色んな店があるわけではないが、そちらに行こうと思えば行ける程度の近さではある、という感じ。落ち着いた環境ではある。自然がもう少し欲しいとは思うけど。

新しい家は同じ路線のA駅とB駅のちょうど中間ぐらいに位置しており、どちらに歩いても10分ほどかかる。不動産屋のチラシには7分と書いてあったが、担当者はよほど早足なのであろう。そうだ、不動産屋は駅からの距離を過少申告するのだった、と何やら懐かしいような実感を覚えた。

何だか忙しかったので髪を切るのを忘れていて少し鬱陶しくなってきたので、引越しが一段落した先週、散髪に行った。職場の近くのところに以前から行っているので、引越しをしても行く床屋は変わらない。イギリスに留学する前からそこに行っていて、今切ってくれている人はちょうど私が通い始めて少し経った頃に学校を出て入ってきたのだが、その時はまだ高校生に毛の生えたような感じで、といっても大方の高校生にも毛は生えているのだが、いずれにしても彼はもっぱらアシスタントをしており、まだ客の髪を切らせてもらえていなかった。ははあ、徒弟制度はまだこんなところに残っていたのかと思った。私自身も当時は「学者見習い」であったわけだけど。

それが2年前に帰国して再び通い始めると、彼はすっかり一人前になっていて、自分より若いアシスタントに指示を出しながら、すっかり店の番頭格になって店主を支えていた。まあ私より4つ5つ下ぐらいなだけなのだが、何か若者の成長を見守る爺さんの気分である。

まあ散髪中というのは、阪神が優勝しそうだとかイギリスの飯は不味いのかどうかとか、毒にも薬にもならないような話をするものだが、最近どうですかと聞かれて、私にとっての大きなニュースは引越しだったので、引越したんですよ、という話をした。すると当然どこに引越したんですか、という質問になるので、A駅とB駅の間くらいです、と答えた。

すると数秒置いて理容師さんも、「実は僕も最近A駅とB駅の間に引越したんですよ」と言うではないか。あまりテンションの変わらない人なので、何気なさすぎて一瞬何を言っているのか分からなかった。詳しく聞いていくと、住所は◯丁目まで一緒で、一本横の通り沿い、しかも同じ週に引越していた。

いやーこんなことあるんですね、などと言いながら会計をして、次に年上の同僚と近くのカフェにコーヒーを飲みに行った。会うのは数ヶ月ぶりだったので、お互いの近況などを話していて、向こうも私の1週間後くらいにオーストラリアに行っていたので、冬のキャンベラはちょっともう行きたくないですねえ、などという話で盛り上がった後、そうそう、最近引っ越しましてね、という話をした。

当然どの辺に?という話になるので、A駅とB駅の間です、と言うと、「俺もA駅とB駅の間だよ」と言うではないか。詳しく聞いていくと、なんと同じスーパーで買い物をしていることが分かった。A駅とB駅の間には、何らかの磁場が働いているに違いない。もしかしたら私の知り合いはみんなA駅とB駅の間に住んでいるのではないか。引越しの話をするのがすっかり怖くなってしまった。

まあ職場からそれほど遠くないところに住んでいるので、同じ職場や近くで働く人が近いエリアに住んでいるということは特段驚くべきことでもないのだが、それにしても近すぎる。そういえばセンター長と事務の人、そして先日退職した元同僚の先生もA駅の近くに住んでいるらしいので、もしやという予感がしている。近所で迂闊な行動はできないようだ。