紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

英米政治学Ph.D出願の記録②:イギリスとアメリカの博士課程の違い

前回の記事はこちら

penguinist-efendi.hatenablog.com

前回は私のプロフィールや出願過程などについて大まかにまとめたが、各論に移る前にもう一つ、前提としてイギリスとアメリカの博士課程の違いについて説明しておこうと思う。普通、アメリカの博士課程に出願する人はイギリスには出願しないし、逆もまた然りなので、意外と両国を併願している人は少ないと思う。なので比較をしてもあまり気にする人はいないかもしれないが、まあ自分の特性でもあるかと思うので少し書いてみる。

まず、日本の大学にいる我々が知っている博士課程というのは、2年間の修士課程を終えた後に進学する、3年間を標準年限とする課程のことである*1。イギリスはこれに類似したシステムだが、アメリカは大きく異なる。

イギリスの場合は、基本的に日本と同じように、修士課程を修了した上で博士課程に進学するという「積み上げ方式」である。修士課程はTaught Master'sとResearch Master'sがあり、前者は1年間授業を受けて軽めの修論を書くというもので、後者は2年間授業を受けつつ、長めの修論を書くという研究者志望の人向けのコースである(と思う)。*2

一方アメリカでは、修士課程と博士課程は完全に別コースである。修士課程はTerminal Master'sと言われ、上に接続していない。別コースなので、学部卒業後すぐに博士課程に進学することも可能である。多くが修士号を取ってから留学してくる留学生は当然として、アメリカ人でも、実際にはイギリスで修士号を取ったり、アメリカ国内の公共政策系の修士を取ったりしている人が多いのだが、修士が終わったからそのまま博士へ、ということはできないのである。

そのため、博士号の取得にかかる時間も、イギリスでは3-4年であるのに対し、アメリカでは5-6年と、ちょうど修士課程にあたる期間を上積みした長さになっている。これは、アメリカでは最初の2年程度を文献購読や研究手法の習得のためのコースワークに当てるのに対して、イギリスではそれらのスキルは基本的に修士課程までに身に着けているべきものとされ、博士課程では純粋に研究を行うことが求められるためである。そのため、要求される出願書類や、入学審査において重視される要素なども、イギリスとアメリカでは大きく異なる。

さらに、入学後の指導のされ方にも大きな違いがある。アメリカでは、合格時点で「指導教員」というものは決まっていないし、1年目や2年目に一応割り当てられる暫定指導教員は、その後も継続して指導するとは限らない。コースワークを終えてPh.D Candidateになる際に、自分が指導してほしい先生複数人に、Dissertation Committeeに入ってくださいとお願いする。もちろんその中でも中心になる人はいるわけだが、最後まで指導は集団で行われることになる。一方イギリスでは、出願時には誰を指導教員にしたいか決めている必要があり、さらに言えば既にその人と会って話を通している必要がある。合格するとその合格通知に指導教員の名前が書いてあるし、入学後の指導もその(たいてい)一人の先生によって行われる。日本の指導教員と同じような感じだ。

最後に注記しておきたいのだが、博士号取得後の就職について、少なくとも政治学社会学の分野において、アメリカでPh.Dを取った人がイギリスで就職するのは比較的一般的だが、逆はほとんど皆無に近い。アメリカの大学は(傲慢にも?)自国の研究者養成プログラムを世界最高のものと考えているからなのか、他の国で学位を取った人を正規の教員として受け入れることがほとんどないようである。なお、ポスドクに関してはこの限りではないようだ。

細かい点についてはここでまとめるよりも、各要素について説明する際に触れていきたいと思うが、とりあえず今後のポストを読まれる上でも、イギリスとアメリカの博士課程がかなり異なるものであることを念頭に置いていただきたい。

 

*1:もっとも、社会科学系の場合3年で終わるというのはなかなか難しいのが現状なのだが

*2:オックスフォードの場合だと、前者はMSc、後者はMPhilと呼ばれ、どちらからでもDPhil(博士課程)に進むことはできるが、MPhilは進学がある程度前提になっているので進学しやすい。多分MScから博士に行くのは同じようにはいかないのだと思う(もしいくならMPhilに行く意味がない)。私のように外部から直接DPhilに入る人は、一応DPhil Studentとは名乗るものの、1年目はProbationer Research Student(見習い研究生的な意味?)という中途半端な身分を与えられ、授業を受けつつ審査に合格して初めて正式に博士課程院生になるのだが、MPhilを経てDPhilに入った人はいきなり博士課程院生になることができる。