紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

海外出版局の編集者と会う

現在の勤務先に着任してから1年余りが経ち、この大学が持っているリソースが世界とも戦えるなと思う部分と、これが自称世界レベルとは・・・と思ってしまう部分の両方が垣間見える出来事がそれなりにあったが、個人的に前者の代表格ともいえるのが、社会科学研究所をベースに行われている、「英文図書刊行支援事業」である。

これは東大に所属する教員等による英文での書籍の刊行を、プロセス全体を通して支援するというものだが、私が実際に体験したのは、11月頃に開催される「University Press Week」というイベントである。これは、英語圏のメジャーな大学出版局等の編集者が東大を訪れ、英文図書の刊行についての講演を行ったり、何より1対1で自分の出版プロジェクトについて話を聞いてくれるというまたとない機会である。

どんな出版局が来るかというと、去年はCambridge University PressやOxford University Pressをはじめとする世界でも「ザ・トップ」の出版局から、publishing directorという、個々の編集者を束ねる立場の人が来たりしていて、「こんなことが日本の職場で実現できるの??」とめちゃくちゃ驚いた。今年は純粋な学術書に加え、学術書と一般書の中間みたいなジャンルも視野に、Stanford UPやColumbia UPなどの編集者が来ていて、個人面談を数日にわたって行っていた。

自分も1冊目の本が来年出ることになっているので、英文書籍出版のプロセスについてはいつかブログでまとめたいなと思っているのだが、まず確実に言えるのは、出版プロセスの中で(書くこと自体を除けば)一番難しいのは、編集者からの最初の返信をもらうことだということである。特に有力出版局の場合だと、エディターのもとには日々何十という著者からの売り込みが来るので、いちいち返事することは難しく、特にまだ一冊も本を出したことのない若手は、誰かから紹介してもらわない限りエディターの関心を引くことができない。

それなのに、このイベントではほぼ無条件でエディターが会ってくれて、出版のプロセスについて基礎から教えてくれ、1時間も自分のプロジェクトについて話を聞いてくれるのである。若手の著者にとっての一番のハードルを、大学が超えさせてくれるのだ。こんなイベントは、オックスフォードにもケンブリッジにもなかった。ここに関しては東大はものすごいことを実現していると思う。

私は1冊目の本については着任前に進めていたので別の経路を使ったが、それでも査読結果がなかなか返って来ずにやきもきしていたときにCUPのpublishing directorにこのイベントでお会いしたら、担当編集者に確認を入れてくれたり、さらにはここで会った出版局の人と次の単著の話を始めたりすることができた。

今年は申し込んだ時点で特にプロジェクトはなかったのだが、見切り発車で申し込み、その間にあったワークショップで付け焼き刃で発表した内容が思いの外一般向け研究書に発展させられそうな感じがしたので、その話を売り込んで反応を見たりした。まだ1冊も出ていないくせに、今後数年で書きたいものがどんどんと溜まっていく。

私のやり方は「蛮勇」に近いかもしれないが、こういうなかなかない機会には、「まだプロジェクトが発展していないから」などと尻込みするのではなく、何でもいいからとりあえず参加してみることも重要である。特にこの場合、失うものはないわけだし。

そしてこの「またとない機会」は、どうやら文字通りの意味で「またとなく」なってしまうらしい。期間限定の予算でやっているので、その終了とともに一旦打ち切られるという話を聞いた。他部局が引き継ぐみたいな話も噂で耳にしたが、どうなるのだろうか。ぜひ継続していただければ嬉しいが、一方で人事にしろ予算にしろ、期間限定で打ち切られてしまうという事例は今や日本にも世界にもあふれているので、もったいないとは思うがあまり期待しすぎない方がよいのかもしれない。とりあえず去年自分が参加して、今年は自分だけでなく周りの若手研究者にも知らせて参加してもらうことができたので、最低限滑り込めてよかったと思う次第だ。素晴らしいプログラムを運営されてきた社研の関係者の方々に感謝である。