紅茶の味噌煮込み

オックスフォード留学記

コーヒーは人生に必要か?

オックスフォードも寒くなってきた。東京や大阪とそこまで変わるとは思わないが、気温が数度低く、緯度が高い分冬は日が短い。でも今のところ、色んな人に脅されるほどひどい冬だとは思わない。これがトロントを経験した人間の強みである、まいったか*1

こういう寒い時に、体を温めてくれるのが、コーヒーや紅茶だ、という人も多いはずだ。寒い外から帰ってきて、手洗いをして着替える間にケトルでお湯を沸かして、お気に入りのコーヒーを淹れてほっと一息、などという高尚な楽しみをお持ちの方々も多々いらっしゃることであろう。

分からぬ。私にはなぜ人がコーヒーを飲むのかが分からぬ。そういえば「かまわぬ」という手ぬぐい屋があった。鎌の絵に輪っかに「ぬ」と平仮名で書いて「かまわぬ」と読ませるという。なかなか洒落がきいている。いや、今はそういう話はどうでも良い。コーヒーの話であった。人はなぜコーヒーを飲むのか。眠気覚ましのためか、身体を温めるためか、それとも単に味が好きだからか。

そもそも、コーヒーの1杯や2杯くらいで目が覚めるものだろうか、私は全然コーヒーを飲んでも眠気が引かない。なので眠い時は15分ぐらい寝ることにしている。どうしても眠気を取りたいのなら最近は眠眠打破みたいなもっと効くやつもある。というか、そんなに毎日めちゃくちゃ眠くなるほど追い込まれているなら仕事を考え直した方がいいし、眠い時は寝るのが一番効果的である*2

一方、身体を温めるならお湯でもコーンポタージュでもお汁粉でもいいではないか。なぜコーヒーでなければならないのだ。なぜみんなコーヒーのカップを常に手に持って我が物顔で街を歩いているのだ。コーンポタージュをテイクアウトして、飲みながらマンハッタンを闊歩しているグローバルエリートがいても良いではないか。なぜコーヒーだけがあんなに特別なのだ。

味が好きだというのは分かるが、そもそもあの味を好きになるまでにはそれなりの量を飲まないといけないはずで、そもそも飲み始めた原因はやはり眠気覚ましとかではないか。とすると味が好きというのは結果であって、原因ではない。ますますわからない。

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特に意味もなく街の写真

と、言っておきながら、実は最近毎日のようにコーヒーを飲んでいる吉本新喜劇ならここで全員倒れるところだ。分からない分からないと思いながら毎日コーヒーを飲んでいるのだ。なぜか?分からないが、多分、「流れ」だというのが正解だと思う。

うちのカレッジでは、2階*3に食堂が、3階*4にはコモンルームというのがあり、そこで学生が時間を潰したりビリヤードをしたり、おしゃべりしたりビリヤードをしたり、ビリヤードをしたりする。ビリヤードをしているやつもいる。2階の食堂で精算する時に、レジの横にお皿が置いてあって、そこに小さなコインが入れてある。食堂で夕食を食べるとそのコインを1つ取って良いことになっていて、それを3階のコモンルームの前にある機械に入れると、コーヒーを1杯飲めるという仕組みだ。もちろんここはイギリスだから、コインの代わりに紅茶のパックを1つ取ることもできる*5。そうすると、これは別に私が大阪出身であることとは関係なく、せっかくタダなのだからコインを取っておくか、となる。で友達とご飯を食べて、もうちょっと喋りたいと思うと、連れ立って3階に上がってコモンルームで話そうとなる。で3階に行くとまずコーヒーマシンがあって、みんなそこで止まってコーヒーを入れ始めるので、自分ひとり先に行くわけにもいかず、待っているけど自分もさっきコインを取ったので、じゃあまあコーヒー飲むか、となる。

それを繰り返していると、いつしかコーヒーを飲むという行為が当たり前になってくる。相変わらず別に眠気覚ましに効き目はないけど、何か飲まないと気がすまなくなってくる。コーヒーを飲みながら苦み走った顔で論文を読んでいる俺、なかなかイケてるんじゃないか、と思えてくる。大人はコーヒーぐらい飲まなきゃね、と思えてくる。挙句の果てには、普段自分の部屋で勉強するタイプなのにも関わらず、学部の建物に行けばタダでコーヒーが飲めるからそっちで研究するか、などと考え始めたりする。恋愛になんぞ興味はない俺は硬派だ、と言っている柔道部員が大学に入った途端にワックスを付けて服に気を使いだすようなものだ。

結局なんとなく流れで、本当は別に必要でもないコーヒーを飲み始め、それがいつしか習慣になってしまい、それを正当化するために眠気覚ましだとかなんだとか御託を並べているのではあるまいか。コーヒー愛好者諸氏におかれては、自らのコーヒー愛の由来について思いを馳せられたい。

でなぜ「流れ」でコーヒーを飲み始めるかというと、それがコミュニケーションの円滑化に必要だからだろう。人間というやつは、どうも食べ物や飲み物のまったくないところでお喋りするという能力が欠けているらしい。「飲みに行く」とか、「お茶する」とか「ランチする」とか言う時に、実際の主目的は飲食そのものよりも「会って色々話をする」ことであるのは何かフシギである。打ち合わせとかする時に、別にわざわざ茶色や緑の水を飲む必要はないだろう、といつも思っていたのだが、どうも世の中そういうものではないらしい。軟弱者め。

ところで、コーヒーが昼間のコミュニケーションの潤滑油だとすれば、夜のそれは、ビールだろう。ワインとかウイスキーとかもうちょっとオトナなものもあるけど、まあそれは置いておいて。だとすると同じように「ビールは人生に必要か?」という問いが立てられそうなものだが、そんな問いを立てる必要はない。ビールが人生に必要であることは論をまたないからである。ビールが人生に不可欠であるという命題はあまりに自明なので、大学入試でも証明なしで使って良いことになっている。 受験生の皆さんに置かれては、いちいちビールの必要性を証明する必要がないことを頭の片隅に置いて、論述問題の字数削減に邁進されたい。

というような意味不明な話も時々書いていきたいと思うので、「どうでもいい話」というカテゴリーを新たに作った。 

 

*1:とか言っていて1・2月になってへたっていたらどうしよう…

*2:みんなお前みたいに時間があるわけじゃないんだという異論は、100%正当である

*3:ここで言う2階とは日本で言う2階であって、イギリスで言う1階である。イギリスの階の呼び方のフシギについてはここでは触れない。

*4:ここで言う3階とは…以下省略

*5:しかしこれが金満Nuffield Collegeの場合、全く同じ機械で無料でいつでもコーヒーが飲めるのだな。やはり世の中金なのか。