紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

今学期の授業(HT 2018)

オックスフォード生活の2学期目も初週が終わり、大体今学期のリズムが見えてきた。今学期履修している授業は以下の通りである。

  • Research Design and Approaches to Research in International Relations

DPhilとMPhil合同の必修授業。Andrew HurrellというオックスフォードIRのボスのような先生が中心となり、毎回色んな先生がオムニバス的にIRにおける様々な研究アプローチを概観していくというもの。構成は、Week 1: Approaches to the Study of International Orders, Week 2: Intellectual history in IR and critical theoretical approaches to the study of discourse, Week 3: Studying Ideas and Ideology in International Relations, Week 4: International Normative Theory and Ethics, Week 5: Models, Simple Game Theory, Week 6: Applications of Rationalist Approaches, Week 7: International History and International Relations, Week 8: Global History and Global Historical Research in International Relations、となっている。米英でコースワークをしたことがないのでよくわからないが、批判理論とか規範理論にそれぞれ一回分をあてがうなど、アメリカで標準的に教えられるような内容とは大きく異なるのではないだろうか。

浅薄な知識ながら、IRには伝統的な理論系の研究、政策系の研究、そしてpolitical scienceの一部としての実証的な研究の3パターンが大きくあると思っていて(もちろんそんなにきれいには分かれないが)、3つ目はその中でまた質的研究と量的研究でかなりやっていることも違うと思うが、オックスフォードのIRの先生はこの3つの中だと1つ目の人が上の方にいるなという感じは今のところしている。私の学部はDepartment of Politics and International Relationsと言い、政治学と国際関係論に分かれているのだが、政治学の方はIRよりもよりアメリカ式のquantitativeなpolitical scienceの色が強く(political theoryを除く)、それに対してIRはもう少し多元化しているように思われる。ちなみにHurrell先生の指導教員はあのヘドリー・ブルだったらしい。

なお、MPhilの人が通年で受けるcore courseというのがあるのだが、そのシラバスを見ていたらかなり網羅的でリーディングも多く、これを全部やったらかなりIR全体の知識が付くな、と思った。オックスフォード意外とやるじゃんと少し見直した。自分は結局体系的にIRのコースワークをせずに博士まで来ているので、(あまりやりたくはないけど)やっといた方が良かったのかな、とも思う。

  • Qualitative Methods

IRのDPhilは、先学期はIntroduction to StatisticsかIntermediate Statisticsのどちらかが必修だったが、今学期は3つのメソドロジーの授業(Formal Analysis, Causal Inference, Qualitative Methods)から1つを選んで履修する必要がある。私は先学期はIntermediate Statisticsを履修して、今学期はQualitative Methodsを履修することにしている。多分この組み合わせは珍しく、というのは同期でIntermediateを取っていた人はほとんどCausal InferenceかFormal Analysisの方に行っていて、Qualitativeにいる人はだいたい先学期はIntroを取っていた人なのである。自分は統計の入門授業はさすがに何度も受けたので中級を選択したが、本来質的研究、特に比較歴史分析に主要なアイデンティティがある(かといって最初からそれに限定している、というわけではなく、自分の関心に沿って研究テーマを選ぶとメソッドはそういう風になる、ということである)ので、Qualitativeを取った。Ezequiel Gonzalez Ocantosという、若手の先生が教えている。

しかし考えてみれば、自分が今まで東大やトロントで履修したメソドロジー系の授業は、東大学部の基礎統計と統計学トロント統計学とデータ分析、オックスフォードでの統計分析など、ことごとく量的方法論の授業で、質的研究法を授業で学んだことは一度もなかった。

そもそも質的方法論の授業の数と量的方法論の授業の数を比べると圧倒的に後者が多い。東大にもトロントにも、質的方法論の授業というのはなかったように思う(全体的な「政治学方法論」みたいな授業はあったが)。 また、一般的に「方法論」に関心を持つ人は量的方法論に関心を持つ人がほとんどで、質的研究をやる人の中で方法論自体に格別の関心を抱いている人は少数派だろうと思われる。質的方法論の授業というのは具体的な分析手法とかソフトウェアの動かし方を教えるのではなく、どちらかというと研究の背後にある「考え方」など、より抽象的で哲学的なことを教えることが多い(QCAなどは除く)が、いかにもcutting-edgeでカッコいいように見える量的方法論と比べると、かなり地味で、そのまま即応用できるようなものでもない。さらには質的方法論なんて勉強しなくても普通に研究できるでしょと軽く考えている人が多かったりして、結局あまり重視されていないようにも思う。

自分は最近、質的研究をするだけではなく質的方法論自体にもそれなりに関心を持つようになってきたこともあり、今回この授業を取ることにした。しかしシラバスを見ていると参考文献にJames MahoneyとかJason Seawrightとか、ノースウェスタンの先生が頻出しており、やはりノースウェスタンはこの分野では有名なんだなと改めて気付かされ、「あり得た自分」に思いを馳せることがある。

  • Causal Inference

本来履修しないといけないのは上記の2つだけなのだが、私はもう1つcausal inferenceの授業を聴講している。これが最近のトレンドというか、10年前にはこのような授業はなかっただろうと思われる。要するに従来の統計モデルにとにかくデータと変数を放り込んでしまう方法ではなく、counterfactualの考え方を用いて因果効果を定義し、より厳密な形でデザイン上の工夫をこらして因果効果の推定を行おうという方向性だと理解しているが、因果効果に関する考え方は納得できることが多く、参考になるので授業には毎週出ている。自分の東大での知り合い(院生・先生)が量的方法論に関心が強い人が多く、その繋がりでこの授業を教えているAndy Eggers先生は前から名前を知っていた。