紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

オックスフォードな人々①:ドミニク

ちょっと最近暇があるので、ブログでも書こうと思っていたら、もう随分と長い間オックスフォードのことについて書いていないことに気づいた。まあカタールに行っていたので当然なのだが、副題に「オックスフォード留学記」などという凡庸な名前を付けているからには、オックスフォードのことも少しは書かないと、不満を持った民衆による暴動が起きるかもしれない。天下の安寧の維持のためにも、今回はオックスフォードに関係する記事を書こうと思う。

ちょうどいい機会ということで、前から温めていたシリーズ記事の案を、今回ついにスタートさせてみることにした。名付けて「オックスフォードな人々」である。これまた凡庸なタイトルで恐縮だが、イメージとしては、ニューヨークの市井の人々のライフストーリーを記録した、かの有名な ”Humans of New York" を約3000分の1に縮小したようなものを想定して頂きたい。私の極めて個人的な人的ネットワーク(たいてい友達)の中から、一人ずつ選んで人物紹介をしていこうという企画である。そんなことをして何になるのだとおっしゃる方もいらっしゃるかもしれないが、ブログというのはそういうものなのだ。ここは黙って引き下がられたい。もっとも、私が黙って引き下がり、いつの間にか更新が途絶え、ある日このカテゴリの記事が削除されるという可能性はもちろん少なからず存在するわけであるが、その日までは更新を続けていこうと思う。なお、登場人物は一部仮名を使用する。

誰から始めるかという問題があるが、その点について私には迷いはなかった。私の周りの人々について書くなら、第一弾はこの男をおいて他はないからだ。それが今回紹介する、ドミニクである。ドイツ人で身長は170センチ台前半、がっしりした体格で甲高い笑い声が特徴的。ハイデルベルグ出身(たぶん)で、エジンバラに交換留学していた経験を持ち、(スコットランドではない)イギリス系のアクセントで話す。スポーツマンで、カレッジのrowing(オックスフォードやケンブリッジでは、カレッジ毎にボート部みたいなものがあって、年に何回か対抗戦をやっていて名物になっている)に参加したり、サッカークラブに所属したりしている。その一方でピアノを巧みに引きこなす腕前も持っていたり、なぜか卓球が異常に強かったりして、大変多才な男である。さらにはカレッジのイベント担当の委員をやっていて、交友関係の広いカレッジの中心人物といったぐあい。中東研究のMPhil(2年間の修士課程)の2年目。出会ってから1年ほどは大変なプレイボーイっぷりを見せていた彼だが、現在では落ち着く先を見つけたようだ。 

彼も私も2年目なので、出会いは2017年秋の入学当初になる。まだみんな手当たり次第に話しかけて、Where are you from?とかWhat do you study?とかいった基本的な質問を何十回もしあっていた時期だった。おそらく彼は私がオックスフォードで言葉を交わした、最初の10人には入っていたと思う。その夜はカレッジのダイニングホールで、たしかその前日くらいに会った2人(どちらも今は疎遠になってしまった)と一緒に食事をしていたら、私達のテーブルに順次人が加わっていったうちの1人が、ドミニクだった。最初に会ったときにはすごく印象が強かったわけではなかったが、その後カレッジのイベントで何度か顔を合わせるうちによく話すようになり、10月半ばのMatriculation(入学の儀式)の頃には既に、一番仲が良い1人になっていたと思う。

私に限らず、またオックスフォードに限らず、所属先が一緒の人ともう一段階仲良くなるステップとして、その所属先の外で一緒に何かをする、というものがあると思う。所属先の場だけで言葉を交わす「知人」になるのか、それとも本当の「友人」になるかの境界は、そういうところにある。私とドミニクは、カレッジのダイニングホールが空いていない日曜日に、外食することを通じて仲を深めていった。1回が2回、3回になり、やがてそれは毎週末の恒例行事となった。

カレッジから数分のところに、ちょっといい感じのきちんとしたインド料理屋があって、我々はそこが街一番のインド料理屋だと自信を持っているのだが、その店が日曜日の夜の我々のたまり場になっている。去年は、もう卒業してしまったビクターというベルギー人の男がいて、彼と3人で行くのが恒例だったのだが、今年度になってからは、時に2人で、あるいは誰かその時時で変わる3人目を加えて、概ね毎週そこに行って、マンゴーラッシーを飲みながらエビとほうれん草のカレーか、ミートボールのカレーにチーズナンを食べて一週間を振り返り、帰りに近くのパブに寄ってヒューガルデンの生を一杯、あるいは飲めない日は紅茶を一杯飲みながらダーツで一勝負し、時間に余裕があるときはさらにそこからカレッジでビリヤード対決をする。これが我々の日曜日の夜である。

彼は本当に多才な男なのだが、ことビリヤードとダーツにおいては、下手なりに私の方が少し上で、ビリヤードの通算成績は(なんと統計をとっている!)81勝39敗である。なので日曜日の夜はたいてい私が気分良く帰り、彼の方は大げさに悔しがって、「次は俺が勝つ」なんて言いながら半分笑っている。他のスポーツではたいてい負けるだろうから、要は競う種目を上手く選択することが大事なのだ(非決定権力?)。

本人を知らない人に言ってもどうしようもないことなのだが、よく人から、ドミニクと私がなぜそんなに仲が良いのかわからないと言われる。彼は既に述べたように非常に外交的なタイプで、カレッジのイベント委員だから、クラブに行ったりもよくしている。彼の友人はヨーロッパ人が中心で、特にアジアに造詣が深いといったわけでもない。私は狭く深くが好きなタイプだし、クラブとかに行くタイプでもない。だから、人からなぜ仲が良いかわからないと言われるのも納得なのだが、客観的条件だけで人間関係は語れないもので、やっぱり我々の間には何かclickするものがあるのだ。それが何かは、言葉ではうまく説明できない。

長期休暇の間も折に触れて連絡を取ったり、私がフィールドワークに行くときにはカードをくれたりして、オックスフォードを離れた後も、こうした付き合いは続いていくんだろうな、続けていきたいなと思う。嬉しいことに、来年度から彼もDPhil(博士課程)を始めることになったので、あと何年か、日曜日の伝統は続くことだろう。ただ、ビリヤード台があるカレッジの建物が今秋から改修工事のため閉鎖されることになったので、ビリヤードをする場所を新しく探さなければならない。

 

f:id:Penguinist:20190510142023j:plain