紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

君にとってのイギリスと、僕にとってのイギリス

2週間ほど前に、セミナーに参加するため、ケンブリッジに行ってきた。オックスフォードとケンブリッジというのは思いの外遠くて、直通の電車はなく、ロンドン経由で3時間近くかかり、バスは直通があるものの、4時間近くもかかってしまう。近くて遠い存在なのだ。

"The other school"であるところのケンブリッジは、ちょうど私がオックスフォードに来た前後から、Historical International Relationsという、私の関心ど真ん中の分野に力を入れ始めており、今回参加したセミナーシリーズも、以前から一度行ってみたいと思っていたものだった。もし出願するのが1・2年遅かったら、オックスフォードではなくケンブリッジに行っていたかもしれない。

ところで、ケンブリッジ政治学部には、カタールでのフィールドワーク中に仲良くなった、レバノン人の友達がいる。他大学でのセミナー参加は少し緊張もするので、彼を誘って一緒に行き、セミナー後にはケンブリッジを案内してもらった。

カタールでは、中途半端なお客様身分だったため、お互いしかまともな友人はおらず、毎日のように長時間話していたから、沢山色んな話をしたのだが、印象に残っている話がある。

お互い、留学生として研究者への道を考えるにあたって、「どこの国で就職するか」という問題に直面することになる。イギリスに残るのか、大陸ヨーロッパや北米、アジアやオセアニアへ移るのか、それとも自国に帰るのか。アカデミア就職はどの国でもそんなに楽なものではないから、あまり選り好みせずに色々出すことになるのだろうが、それでもやはり誰もが一度は考える問題だろう。

私は、日本とイギリスの2つのシステムを経験してみて、研究の水準や刺激という面ではイギリスの環境により魅力を感じているものの、研究者の待遇や生活環境という面で、イギリスが優れているとは正直あまり思えない。給料も低いし、冬は暗くて寒いし、ご飯は平均的に見るとやっぱり美味しくないし。

それでも若いうちは、新たな国に活路を求めてみるのも良いなあと思っているのだが(なんて悠長なことを言っている暇は実はあんまりなくて、あと1年でジョブマーケットに出なければならない!)、良い縁があれば、日本に戻るということも、もちろん有力な選択肢としてある。というか、どこかのタイミングでは戻りたいなと思っている。

一方で友人は、レバノンに帰るという選択肢をまったく考えていないらしい。研究環境や待遇といった面もあるだろうが、宗派等によって分断された自国の社会に居心地の悪さを感じており、家族も帰ってこない方がいいと言っているということだ。彼は後ろに自ら水を引き、私は背後にある平原を眺め、嵩を増して迫り来る川の水位を測っている。

こうした対照的な私達は、イギリスでの就職に対する認識も好対照である。彼はイギリスを有力な就職先の選択肢として捉え、一方私はイギリスにずっと居ようとは、今のところあまり考えていない。面白いのは、2人とも、イギリス自体に対する認識は、似たりよったりであることだ。イギリスに恋しているわけでもないが、今の環境には結構満足している、という程度の消極的な肯定。絶対評価では同程度なのに、相対評価では大きく分かれる。他の選択肢への認識が異なるからだ。

彼に対して、日本の将来への不安を嘆いてみたりもしたのだが、そんなこと言うけど、こっちから見ればとても恵まれていると思うよ、という反応だった。Twitterなんかでは、よく「日本と比べて海外(欧米だったり中国だったり)では研究者がもっと恵まれている」という類の言説がある。それは一面の真理を含んでいて、実際日本の大学の置かれた状況は悪化しつつあり、変わらなければ将来は苦しいと思う。しかし一方で、一部の言説には、「それ、アメリカの一部のトップ大学の、極めて運が良くて、かつ極めて苛烈な競争を勝ち抜いてきた一握りの人々のイメージに引きずられていない?」と首をかしげることがあるのも事実である。分野にもよると思うけれど、欧米の「欧」を比較に入れるだけでも、印象はまったく異なるものになるはずだし、我々自身が思っている以上に、日本の環境にもメリットはあるのだろうと思う。友人との会話は、そういうことに気づかせてくれた。 

さて5年後、10年後、いやもっと直近の2年後、自分はどこにいるのだろうか?