紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

ネギが先かタマネギが先か

突然だが、タマネギが嫌いだ。外皮を見れば一見フルーツのような姿をしていながら、剥いてみればどこまでが皮なんだかわからないような無限繰り返しの白い板の集積で、包丁で切れば目がやられるし、食べてみると、付け合せのサブみたいな顔をしていながらそのくせ主張が強い。特にタマネギの味を凝縮したオニオンリングみたいなやつは最悪で、私が好意的な感情を持っているイカリングと非常に形状が似ていることから、それと間違えて食べた瞬間うげっとなったかつての記憶が未だにトラウマとして私の脳内に残っている。あとタマネギをバーベキューの定番にした奴は厳しく罰せられるべきだ。

ただあらゆる形態のタマネギが嫌いかというとそうでもなくて、スライスされてサラダに入った生のタマネギは普通に食べられる。むしろ積極的に食べてやってもよいくらいだ。あとオニオンスープとか、たまねぎドレッシングとかいうやつらも意外と悪くない。あれらはもうタマネギというよりは、輪廻転生を繰り返した「来世のタマネギ」である。また、カレーやシチューに入っているような死後数時間以内のタマネギも、請われれば食べてやらないこともない。

つまり、私は生を謳歌しているタマネギと完全に死んだタマネギにはポジティブな感情を抱いているが、その中間にある焼いた、あるいは揚げたタマネギのあのジャリッ、あるいはジュワッとした食感が嫌いなのかもしれない。実情としては30年近くに及ぶ継続的なタマネギの攻撃を受けて徐々に防御が陥落しつつあるのだが、昔はタマネギ全般が嫌いで、かつそれを家族内、あるいは友達の間で積極的に宣伝してきたので、もはや自他共に認めるアイデンティティの一部として確立しており、引くに引けない状態である。国際政治学で言うオーディエンス・コストに縛られた状態に近い。しかし、それでも焼いたタマネギと揚げたタマネギに関しては、これからも地道な不買・不食運動を続けていきたいと思っている。

さて、「タマネギ」というのは、玉+葱、つまりあの丸い玉を形成している葱のような植物、というネーミングであることは想像に難くない。つまり日本語においては先にネギがあり、後からタマネギという存在が認知されたのであろう。実際、タマネギが日本で栽培されるようになったのは明治以後のことらしい。

では他の言語はどうかというと、英語においては、ご存知の通りタマネギがonionで、ネギがgreen onion(あるいはspring onion)と呼ばれる*1。つまりタマネギが先にあり、その緑バージョンがネギ、ということである。日本と逆の順序になっている。

じゃあ日本語と英語以外の言語ではどうなのかと考えると、私はそれ以外の言語がほとんど操れるレベルにないのだが、近年ほそぼそと勉強しているマレー語では、タマネギはbawang besarであり、このbawangというのはニンニク、besarというのは「大きい」という意味の形容詞である。つまりタマネギは、ニンニクのデカいやつ、というイメージである。一方ネギはdaun bawang、つまり葉っぱのニンニク、ということでニンニク中心主義がうかがえる。ただニンニクをbawang putih、白いニンニクとも言うようで、じゃあbawangというのは結局何なんだ、というのがちょっとよくわからない。一方フランス語だと、タマネギもネギもニンニクも、それぞれ関係しない別個の名前が与えられていて、ここにもライシテ的思想がうかがえる(適当)。

このように、モノの呼び方にも、言語によって発想や歴史の違いというものが現れていることを、異文化圏にいると実感する。こんなにタマネギのことをくどくどと考えるなんて、本当は好きなんじゃないのという無粋な突っ込みは、やめて頂きたい。ちなみに私は青ネギは好きでも嫌いでもないが、白ネギは嫌いで、ニラとニンニクは好きである。

 

*1:ただ似たような野菜にscallionとかleekといったようなものもあり、正直この辺の違いがよくわからない。

旧年の振り返りと新年の抱負

新年が始まって2週間ほどが過ぎた。私は去年と同じく今年も年末年始に帰国することはできず、海外での年越しとなった。夏はヨーロッパ、冬は日本/アジアという過ごし方ができれば最高なのだが、残念ながらなかなかそうもいかない。これからイギリスは寒さが増してくることと思うが、少なくとも日照時間の方は、冬至を過ぎてここからは長くなる一方なので、まずはそれを喜びたい。

さて、私にとって2021年は、変化の年であった。オックスフォードでの博士課程を修了してついに博士号を取得し、ポスドクとしてケンブリッジに移って、居住地としてはロンドンに住み始めた。身分が変わったことで他の研究者との関係性にも良い意味での変化が起き、また自分の授業を教えるという新しい経験もした。そんな2021年であったが、1月にこのブログに目標を書いていた。今回はそれを振り返り、また今年の抱負を書いておきたいと思う。

昨年の目標:達成状況

さて、昨年立てた目標は、以下の6つであった。

  1. 博士号を取る:この目標は前記の通り、問題なく達成できた。まあ、指導教員のGoサインが出て提出した以上、それがはねつけられるということは基本的に考えにくいのだが、no correctionsという一番良い評価が得られたのは、望外の結果だった。審査員の1人のJasonは、その後ケンブリッジでの受入教員となり、大変良好な関係を築くことができているのだから、この目標に関しては一番望ましい形で満たされたといえるだろう。
  2. 論文を最低2本出版する:残念ながら、この目標は達成できなかった。もう書き終えている論文は2本あるのだが、2021年中にアクセプトにこぎつけることはできなかった。博論を出してからポスドクを始めるまで、数ヶ月日本に帰っていたのだが、その間は自分を甘やかしてあまり研究をしなかったため、執筆が遅れたというのが1つの理由で、もうひとつはパンデミックのせいで、各誌における査読が遅れがちということだ。去年査読に出していた2本の論文のいずれも、結果が出るまでに4~5ヶ月かかるということがあった。それだけかかってリジェクトになると、2誌目の結果が出るまでにそれだけで半年以上、間に改訂の時間を取れば8ヶ月くらいの時間がかかってしまうことになる。就職のために業績を急がなければならない若手研究者にとって、パンデミックはこうした意味でも悪影響を及ぼしている。ただ、1つ明るい材料として、年末に上記2本のうちの1本が、査読に5ヶ月近くかかったものの、無事1誌目でR&Rになった。幸いコメントもかなり好意的だったので、これは何としても通したい。もう1本の方は随分と連敗が続いているのだが、こちらも今年は形勢逆転したいものだ。
  3. イギリスのアカデミアに食い込む:改めて振り返ると何とも曖昧な目標だが、要するにこっちで知り合いを沢山作って、良い研究をやっている若手としてイギリスで認知してもらえるようになりたいということだった。学会などに出ることはできなかったから、「イギリスで」という部分には疑問符がつくものの、とりあえず、ケンブリッジに来たことで自分のネットワークは格段に広がったことは確かである。単純に大学を移ったことで知り合いが2倍に増えたということに加えて、博士号を取ってポスドクという立場になったことで、周りからの扱いが、「一人前の研究者」により近いものになった。また学部の研究会の運営をやっていることで、他大学の研究者と知り合う機会も少しだが生まれつつあり、そういう意味でも有意義な1年だったと言えよう。もっとも、研究成果を目に見える形で発表しなければ、ほんとうの意味で対等な研究者として扱ってもらえることはないだろうから、結局は1つ前の目標が大事になってくる。
  4. 短歌に継続的に取り組む:これも概ね達成できた。短歌については、パンデミックが逆に正に作用した面もあって、これまで対面でクローズドにしか行われていなかった所属結社の歌会が、オンラインでも開催されるようになり、海外在住者にも参加しやすくなった。短歌を通じた結社内の交流の幅は少しだが広がり、また毎月の月詠も、誌面上の良いところに載せてもらえる頻度が上がってきた。忙しい時期に何度か欠詠してしまったのは悔やむところだが、火を絶やさないように気をつけつつ気楽にいきたいと思う。
  5. 日常的にスポーツをする:これについては、できた時期とできなかった時期がある。東京に滞在していた時期は、コロナのせいで安くなっていたホテルに月単位で泊まっていて、そこにジムがあったので週に2・3回通っていたのだが、イギリスに戻ってからはたまにテニスやスカッシュをするくらいで、習慣化することはできなかった。ロンドンのジムは高いのと、テニスやスカッシュなどをしようにも、あまり日本のような「テニススクール」みたいな仕組みが一般的ではなく、既にいる友達とコートを予約して一緒に打つ、というような形が想定されているので、一緒にやる友達がロンドンにいない私にはハードルが高かった。
  6. イギリスを楽しむ:これはぼちぼち、というところだろうか。ロンドンに住みだしてから、あらゆる場所へのアクセスが劇的に良くなって、美術館やレストランや公園やショッピングや他の都市への旅行が格段にしやすくなった。院生ではなくなって若干の財政的余裕ができたこともあり、そうした「ライフ」の部分がこれまでより充実したのは確かだろう。

というわけで、去年の目標は概ね達成できたと言ってよいと思うが、論文発表については一層の努力が必要だろう。

今年の抱負

以上を踏まえて、今年は以下のような目標を立てたい。

  1. 単著書籍の出版契約を結ぶ:去年通した博論をベースにしたbook manuscriptを準備しているが、これをuniversity pressから出版するのが、私の研究上の至上目標といっていい。論文以上に本の査読は時間がかかると言われているし、そもそもエディターの返事を得るのにも時間がかかる場合が多いとされているから、1年以内に契約までこぎつけるられるかは運次第というところだが、まあ目標は大きく立てるのがいいと思っているので、とりあえず設定したい。
  2. 論文を最低2本出版する:これはそのまま昨年の積み残しで、今年こそは上記の2本の論文を世に送り出したい。今年通っても巻号が決まるのは来年になるだろうが、今年中にアクセプトされてオンラインファーストで出ればそれで構わない。2本のうち1本は博論関係だが、いいかげん博論のテーマをやり続けるのにも飽き飽きしつつあるので、今年こそは手放せるようにしたいと思う。
  3. たくさん旅をする:キャリア面での目標は上記2点に絞っておいて、残りはそれ以外の部分について。まず、去年も書いたが、私がイギリスにあとどれくらいいることになるのかは分からない。おそらく、近い将来この国を離れることになるだろう。博士課程ではお金もないし、後半2年間がコロナだったということもあり、思ったほど国内やヨーロッパを旅することができなかった。アクセスの良さを享受できるうちに、国内もヨーロッパも、色んな場所に行っておきたいと思う。
  4. ライフの充実:博士課程にせよ、ポスドクにせよ、20年30年前と比べて現在の就職市場の大変さは段違いで、常に早く業績をあげなければというプレッシャーと戦うことになる。すると可処分時間の多くは研究に捧げられることになり、必然的にそれ以外の「ライフ」に使える時間は減ってくる。だが、難しいけれど、将来のために現在を犠牲にするのはやめなければならない。これまた曖昧な目標だが、今年は研究はこなしつつ、キャリア以外の生活の部分も特に大事にする意識を持ち続けたいと思う。
  5. 将来設計:今年自分も30になるということで、この先数年だけではなく、長期的な人生の見通しについて、もう少し考えを深めていかなければと思う。例えば私は日本にいた間ずっと年金を学生納付特例で先延ばしにしてきて、留学後は支払い義務もないということで放置してきたのだが、追納ができる期間は10年なので、今年が20歳の時の追納期限ということになる。そういう、院生であったがゆえに棚上げしてきたお金の問題とか、まあプライベートな問題はここに書くつもりはないが、長期的な将来設計についても考えを深める年にしたいなと思う。

とまあ、そんな感じで2022年も「紅茶の味噌煮込み」は続けていこうと思う。お付き合い頂ければ幸いである。

 

2021年に読んだ小説

昨年と変わらず、2021年もめちゃくちゃな1年だったが、パンデミックも1年以上経つとずいぶんと慣れてきて、急な予定の変更などにもあまり動じなくなってきた。それが良いことかというと必ずしもそうではなくて、要するに最初から半分諦めてしまっているということだろう。2022年こそは元の生活に戻れることを期待したいものだ。

さて、例年通り、2021年に読んだ小説をまとめておきたい。2020年は38冊と、例年に比べてかなり少なかったのだが、2021年は多少なりとも時間的な余裕があり、また小説を読む主な時間である移動時間が大幅に増えたこともあって、読書量も以前の水準に戻った。というわけで、読んだ小説は全部で65冊である。以下はそのリストだ。

日付 タイトル 著者
1/1 室町無頼(下) (新潮文庫) 垣根涼介
1/10 泣かない女はいない (河出文庫) 長嶋 有
1/10 出会いなおし (文春文庫) 森絵都
1/12 駅物語 (講談社文庫) 朱野 帰子
1/25 阿蘭陀西鶴 (講談社文庫) 朝井 まかて
2/9 月は怒らない (集英社文庫) 垣根 涼介
2/12 遠縁の女 (文春文庫) 青山文平
2/14 思い出トランプ (新潮文庫) 向田邦子
2/17 新選組の料理人 (光文社文庫 か 53-5 光文社時代小説文庫) 門井慶喜
3/4 新装版 あ・うん (文春文庫) 向田邦子
3/6 檸檬 (新潮文庫) 梶井基次郎
3/28 銀河食堂の夜 (幻冬舎文庫) さだ まさし
4/11 アメリカーナ 上 (河出文庫) チママンダ・ンゴズィアディーチェ
4/14 アメリカーナ 下 (河出文庫) チママンダ・ンゴズィアディーチェ
4/23 わたしは英国王に給仕した (河出文庫) ボフミルフラバル
5/1 ブルックリン・フォリーズ (新潮文庫) ポール・オースター
5/2 赤いモレスキンの女 (新潮クレスト・ブックス) アントワーヌローラン
5/4 古都 (新潮文庫) 川端康成
5/8 結婚という物語 (ハーパーコリンズ・フィクション) タヤリ ジョーンズ
5/11 ソトニ 警視庁公安部外事二課 シリーズ1 背乗り (講談社+α文庫) 竹内 明
5/15 ウルトラ・ダラー (小学館文庫) 手嶋龍一
6/5 複眼人 呉 明益
6/7 わたし、定時で帰ります。 (新潮文庫) 朱野帰子
6/19 華麗なる一族(上) (新潮文庫) 山崎豊子
6/19 華麗なる一族(中) (新潮文庫) 山崎豊子
6/22 華麗なる一族(下) (新潮文庫) 山崎豊子
6/23 スパイ武士道 (集英社文庫) 池波 正太郎
6/26 いのちの停車場 (幻冬舎文庫) 南 杏子
6/28 旅路 上 (文春文庫 い 4-134) 池波 正太郎
6/28 旅路 下 (文春文庫 い 4-135) 池波 正太郎
7/27 帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1) ティムール・ヴェルメシュ
7/27 帰ってきたヒトラー 下 (河出文庫) ティムール・ヴェルメシュ
7/28 恋愛中毒 (角川文庫) 山本 文緒
8/3 人生教習所(上) (中公文庫) 垣根 涼介
8/3 人生教習所(下) (中公文庫) 垣根 涼介
8/4 蹴りたい背中 (河出文庫) 綿矢 りさ
8/7 あひる (角川文庫) 今村 夏子
8/30 52ヘルツのクジラたち (単行本) 町田 そのこ
9/7 もう終わりにしよう。 (ハヤカワ・ミステリ文庫) イアン・リー
9/21 熱帯 (文春文庫 も 33-1) 森見 登美彦
9/22 At Night All Blood is Black David Diop
9/22 The Underground Railroad Colson Whitehead
10/3 震度0 (朝日文庫 よ 15-1) 横山 秀夫
10/9 凍える牙 (新潮文庫) 乃南アサ
10/16 女刑事音道貴子 花散る頃の殺人 (新潮文庫) 乃南アサ
10/18 鎖(上) (新潮文庫) 乃南アサ
10/18 鎖(下) (新潮文庫) 乃南アサ
10/26 むらさきのスカートの女 今村夏子
10/27 ある男 (文春文庫 ひ 19-3) 平野 啓一郎
11/1 嗤う闇―女刑事音道貴子 (新潮文庫) 乃南アサ
11/7 風の墓碑銘(エピタフ)〈上〉―女刑事 音道貴子 (新潮文庫) 乃南アサ
11/7 風の墓碑銘(エピタフ)〈下〉―女刑事 音道貴子 (新潮文庫) 乃南アサ
11/8 Made in Saturn Rita Indiana
12/1 Normal People Sally Rooney
12/2 同期 (講談社文庫) 今野 敏
12/5 フーガはユーガ (実業之日本社文庫) 伊坂 幸太郎
12/9 長く高い壁 The Great Wall (角川文庫) 浅田 次郎
12/12 元彼の遺言状 (宝島社文庫 ) 新川 帆立
12/15 欠落 (講談社文庫) 今野 敏
12/16 変幻 (講談社文庫) 今野 敏
12/19 残照 (ハルキ文庫) 今野 敏
12/20 少年と犬 馳星周
12/22 隠蔽捜査 (新潮文庫) 今野敏
12/24 ルパンの消息 (光文社文庫) 横山 秀夫
12/31 熱源 川越宗一

時間と空間を広げる

例年に比べて、作家の偏りが比較的小さく、比較的多様な作家の作品を読んだように思う。というのも、私は特別好きな作家ができると、サバクトビバッタのようにその作家の作品を読み尽くしてしまう癖があって、新しい作家を開拓しないと読むものがなくなってしまうのだ。一方で、年齢を重ねて少しは物が分かるようになってくると、国内で今話題になっている小説、というようなものを読むと、偉そうなことを言えば少々薄っぺらく感じてしまうようになった。

そうなると選択肢は2つで、1つは時間を遡って「昔の」小説を読むこと、もう1つは空間を広げて外国の小説を読むことだ。この2つに取りかかりつつ、それらに取り組むエネルギーがないときにファストフードのように衝動的に国内現代小説を読む(こちらの方が数は多い)、というのが2021年の読書の特徴だろうか。

特に面白かった小説

2021年に読んだ中で、まずダントツで面白かったのは、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『アメリカーナ』である。ナイジェリア出身の主人公が、恋人を置いて渡米し、アメリカで人種・ジェンダーに関わる様々な出来事を経験して、やがて帰国する。一方ナイジェリアに置いてきた恋人も後に海外に渡り、苦労しながら結局は帰国し、ナイジェリアで二人は再び巡り合う・・・というような話なのだが、自分とバックグラウンドは全然異なるのに、外国で暮らすことの葛藤、母国に対するアンビバレンス、人種やジェンダーへの鋭い視線など、小説として楽しみながらも驚くほどに我が身に引きつけて読むことのできる作品だった。この小説は、このブログを読んでくれている人全員に薦めたいし、アディーチェの他の作品も引き続き読んでいきたいと思う。

続いても海外小説になるが、Colson WhiteheadのThe Underground Railroad。英語で読んで後から知ったのだが、邦訳が『地下鉄道』というタイトルで早川書房から出ているので、そちらを読むのもいいと思う。アメリカ南部の極めて過酷な環境に置かれた奴隷の少女が、北部へと奴隷を逃してくれる地下鉄道があるという噂を聞き、決死の脱出を試みる、というストーリーで、あまりに残酷な扱いを受ける奴隷の話を読むのは少し辛い面もあるのだが、そうした時代にあっても奴隷制に対して反対する人間というのは確かに存在したことに何か救われる。また、ハラハラする展開はエンターテインメント小説としても完成度が高く、一気に読めてしまう。プライムビデオでドラマ化もされていて、観てはいないのだが、確かにドラマ向きだろうと思う。

もう1つここに挙げてもいいかなと思うのは平野啓一郎の『ある男』。不慮の事故で亡くなった夫が、実はまったくの別人だったことが分かった妻から、夫が本当は誰だったのか調査してほしいと頼まれた弁護士の主人公が故人の人生の謎に迫っていく、というストーリー。平野啓一郎については正直アンビバレントな気持ちがあって、というのも、Twitterなどで時々流れてくる彼のリベラルな考え方には好感があるのだが、少し前に非常に話題になった『マチネの終わりに』が、まったく良い小説と思えなかったのだ。無駄に華美で衒学的な文章、スノッブな価値観、トレンディドラマみたいな一昔も二昔も前の西洋礼賛、そういったところがとにかく鼻についた。例えばこういうところ:

世界に意味が満ちるためには、事物がただ、自分のためだけに存在するのでは不十分なのだと、蒔野は思った。/

蒔野は特に、初めて読んだルネ・シャールの詩集にのめり込んだ。ブーレーズの曲で、存在だけは知っていたが、難解なアフォリズム風の詩句が並ぶその本は、たちまち傍線と書き込みで溢れ返った。

西洋文化に通暁していることが「教養」で「おしゃれ」で、誰もが憧れるようなヨーロッパでの生活をしているかっこいい主人公、というのは辻仁成でもあるまいし、ちょっともう古いのでは?と思って、この小説がベストセラーであったことを考えるとどうやらそうではないらしい社会とのギャップに驚いた。

そういう経緯もあって、警戒しながら『ある男』も読んだのだが、こちらは設定が完全に日本ということもあって、あまり上記のような私が我慢できない部分に邪魔されず、読むことができた。やはり説明的だったり衒学的だったりする文章に少し興ざめすることもあったが、ミステリーとして純粋にストーリーが面白く、その中に諸々の社会問題が挟み込まれていてそれなりに考えさせる内容でもあった。なんだか批判の方が先に立ってしまったが、65冊の中から3冊目に挙げるくらいには面白いと思っている。

その他雑感

本読みでありながら、これまで私は恥ずかしながらほとんど英語で小説を読んでこなかった。日本語で読む方が早いし、余暇にやることとしての心理的ハードルが低いから、そちらに流れていたというか。ただ、研究と同様に、外国語を選択肢に入れれば、触れることのできる世界は格段に広がる。国内の現代小説に物足りなさを感じるようになれば、やはり英語で読み始めるほかはない。中間的な選択として翻訳小説はあるのだが、翻訳が出ている小説は全体から見れば少なく、またタイムラグもあることを考えると、英語で読むことが一番良いと思った。

実際に英語で小説を読むようになると、日本語ほどではないにせよ、意外にすんなり読めることに気づいた。まあ、日頃英語で仕事をしているのだから、当然といえば当然なのだが、自分の中での思い込みを取っ払うことは重要だなと、改めて思わされた。

とは言いつつ、実際に読んだ海外小説は翻訳を入れても全体の20%程度で、一番多いのは国内エンターテインメント小説であった。やはり疲れているときとか、スキマ時間とか、通勤中とかにすぐ読もうとなるのは、iPhoneKindleアプリで読んでいるこうした小説で、必然的に数が増えていく。時代小説を過去数年でひとしきり読み漁ってしまった私は、今年どうやらその代替物を見つけた。警察小説である。ストーリーに起伏があって、ハラハラさせて、どんでん返しがあったりする警察小説は、暇つぶしに最適だ。今野敏横山秀夫が、今のところ安定して面白い。

今年の読書における目標は、海外小説をもっと開拓すること、国内小説については時間を遡って読みすすめること、というところだろうか。今年も良い小説にたくさん巡り会えれば嬉しい。

 

ケンブリッジで自分の授業を教える

更新が1ヶ月以上も滞ってしまった。学期に入ってから色々と非常に忙しく、充実してもいたのだが、ブログに回している時間がなかったのが正直なところである。間が空きすぎて勘が鈍ったのか、安物YouTuberみたいなタイトルしか思い浮かばなかった。この期間に何が起こっていたのかについては、また別に書く機会もあると思うが、とりあえず忙しさの主たる要因の1つは、ティーチングであった。

ジョブマーケットを見据えて、プロフィールを強化しなければならないと考えていた私は、研究・教育・セミナー運営の3つの経験をポスドク期間中に積もうと考えていた。実際のところ、学期中は後ろの2つと仕事への応募に時間を取られ、思うように研究が進まなかったのが反省点だが、前にも言及したCambridge IR & History Seminar Seriesの運営に加え、今学期は自分でシラバスからデザインした修士課程用の授業を1人で教えるという、今までにないチャレンジングな経験をした。

オックスフォードの博士課程の間は、学部生のチュートリアル(全体のレクチャーに付随して各カレッジで行われる少人数の指導)を教えた経験はあっても、それはあくまで先生が作ったシラバスに則ったものであり、担当する学生も1人か2人だった。それが今学期教えたのは、修士課程の院生が対象の、自分で一から設計した授業であり、しかも英語で最初から最後まで自分一人で運営しないといけないのだから、将来のために必要とは思いつつ、正直始まるまで相当ビビっていた。自分よりシャープな学生がいたらどうしようとか、ナメられたらどうしようとか、つまらないと思われたらどうしようとか、話をもらった夏以降、不安に襲われることは多かった。

そもそもなぜ私のようなポスドクが、自分の授業を担当できるのかというと、ケンブリッジの政治国際関係学部の修士課程(フルタイムのMPhilとパートタイムのMStがあり、ここでは前者)は、基本的に全部が選択科目のセミナーになっており、各学期15個ぐらいある選択肢の中から3つを選択して受講する決まりになっている。そうなると、予め科目が決まっているプログラムとは異なり、大学側にとっては選択肢が多い方がいいわけで、結果的に色々な教員やポスドクが、自分の研究に関連する授業を自由に作成できる仕組みになっているのだ。体系的に学べないという学生にとってのデメリットはあるものの、教える側にとっては、自分がやっていることを教えればいいわけで、実際のところこの仕組みは教員の負担軽減のために考案されたのだと思う。

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ケンブリッジの紅葉は本当にきれい。

いずれにせよ、私はこの枠で”Politics of Natural Resources”というセミナーを担当し、先月末に無事完走した。始まるまではどうなることかと思っていたが、終わってみれば大変に楽しい経験だった。天然資源をめぐる政治は、私が修士課程以来取り組んできたテーマでもあるので、まあ初めて教えるにはこれしかないだろうと思って決めたのだが、正直こんなニッチな授業を取る学生はいるのだろうかと半信半疑で臨んだ。しかし蓋を開けてみると13人と、他の授業と変わらない人数の学生が受講してくれ、自己紹介の時に聞いたところ、ほとんどの学生が第一希望か第二希望で選んでくれたようであった。これは新鮮な驚きだった。

授業をやっているうちに、なぜ学生が興味を持ってくれたのか分かってきたのだが、それはどうやら近年の気候変動への関心の高まりに起因するようだ。今年はスコットランドでCOPなども開催されるなど、温暖化や環境との関係で、化石燃料への注目が増しているらしい。考えてみれば、ジョブマーケットにおいても、今年はやたらと環境やサステナビリティに関係する募集が多くて、社会で起こっていることは大学にも還元されるのだなという、当然のことを改めて実感していた。私はこれまで別に温暖化や環境との関わりに重点を置いて資源を研究してきたわけではないのだが、こうした繋がりを周囲が見出してくれるなら、それに乗っかって、そのようなフレーミングで研究をしていっても面白いなと思うようになった。その意味で、ティーチングは研究にとっても有意義だったと言える。

ところで、前述のように授業を始める前の私の懸念は、ほとんどが学生との関係に関するものだったが、いざ始まってみると、学生が本当にいい子たちばかりで助かった。みんな素直にこちらの話を聞いてくれ、授業参加も、ばらつきはあれど総じて積極的であり、私の冗談にも笑ってくれるし、授業後質問しに来たり個別に面談を希望する学生も多かった。最終回が終わった後は、私のところに来て感想を言ってくれる人が何人かいて、なるほど教育の喜びとはこういうものかと思った。もちろん、学期の中盤には中だるみのような感じで議論が盛り上がらない回があったり、話しすぎる学生と話さなすぎる学生への対処に多少苦労した面もあったが、総じて充実した経験であった。

特にはっとさせられたのは、個別に相談をしに来てくれた学生が言っていたことだった。その子は韓国人なのだが、全部で60人以上もいるコーホートの中で、アジア人は中韓からの数人しかいない。教員に至ってはほとんど全員が白人という中で、自分と似たバックグラウンドの人が教えているということが嬉しい、ということだった。自分をそうやって他者の目から俯瞰的に見ることはないし、イギリスにいると人種的な意味でマイノリティであることが普通すぎて、それをむしろ自分の個性としてアピールするような気持ちになったりもするのだが(他方でマイノリティゆえの苦労も多い)、確かに客観的に見ればそうだよな、と思った。考えてみれば、その韓国人の子と、もう1人インド系の学生は、特にフレンドリーに接してくれていたと思う。

イギリス生活が5年目になり、別にそれでイギリスにアイデンティティを持つようになるわけでは全然ないが、これまで持ってきた日本への強いアタッチメントが相対化されつつある感じもあって、自分のアイデンティティはむしろ「海外在住の日本人」という曖昧なものに変化してきているような気がする。あとどれだけイギリスにいるかも、その後どこに行くのかもわからないが、とりあえず今は今の自分のあり方が心地良い。

さて、今学期のティーチングは終わったものの、来学期には学部生向けのレクチャーを担当することになっていて、目下その準備中なのだが、とりあえず人生初の「自分の授業」を完走してみると、まあ次も大丈夫だろうと思えるようになった。英語で自分の授業を教えるなど、数年前には想像もつかなかったことだが、結局のところ人生はこうやって、少しずつ「安全地帯」を広げていくことの繰り返しなのかもしれない。

 

ケンブリッジのポスドク仲間たち

すっかり更新が滞ってしまった。イギリスはどんどん寒くなってきて・・・と言おうかと思ったが、ここ最近はそんなに寒くもなく、雨もあまり降らないでどちらかというと(イギリス基準では)過ごしやすい天気が続いている。まあ、これが一瞬で暗転することは身に沁みてわかっているので心の準備はしているが。

更新が遅れたのには理由があって、新年度が始まってとにかく色々と忙しいからである。初めて自分で一から作った授業を教えたり(修士向けのセミナーなのでちゃんと準備していかなければならない)、Cambridge IR & History Seminar Seriesという研究会の運営をやったり(今日最初のセッションがあった)、博論の出版のためにブックプロポサールを書いたり、投稿論文を書いたり、仕事に応募したりといったタスクが常に山積みである。博士の期間も色々と忙しかったが、ポスドクはそれに輪をかけて忙しい。

もうケンブリッジに所属してから5ヶ月、新年度が始まってから1ヶ月近くが経っているので、だいぶこちらの知り合いなども増えてきた。ポスドクというのは、教員でもなく院生でもない中途半端な立場だが、良く言えばどちらとも気軽に接することができる便利な立場でもある。なので教員とインフォーマルにおしゃべりしたり、一方でPhDの友人と飲みに行ったりと、交友関係もだんだんと広がってきた。

その中で、同じポスドクという立場の仲間は格別に重要である。同じ立場なので話が合うし、研究の話を聞いていても面白い。目的を共有しているから、共通の悩みなどについても気軽に話せるのがいい。

今、私にはケンブリッジ内に主に2つの所属先があって、そのそれぞれにポスドク仲間がいる。1つは学部(Department of Politics and International Studies: POLIS)で、ここには数人ポスドクが所属しているようなのだが、前にも言ったように、この学部には自前のポスドクというものがなく、いる人は皆どこからか資金を調達してくるか、カレッジのJunior Research Fellowとして雇用されていて、学部「にも」所属を持っている、という形なので、全員が学部によく顔を出しているわけではなく、名前も顔も知らない人が大半である。

その中で、唯一接点が多いのが、Jaakkoである。フィンランド人の彼はケンブリッジのPhD出身で、去年からポスドクとしてPOLISに所属しており、何かとケンブリッジのことを教えてもらっている。上述のIR & Historyセミナーも、彼との共同運営である。彼はPhD時代から既にかなりの数の論文を出版しており、非常に優秀である意味有名人なので、会う前はとっつきにくい人なのかと思っていたが、実際会ってみるととってもいいやつで、よく気が合った。一緒に仕事をしていても気楽で、同じ学部のポスドクに彼がいて非常にラッキーだった。

もう1つの所属先は、カレッジで、我がWolfsonカレッジには、総勢20人ほどのJunior Research Fellow(JRF)という肩書きのポスドクがいる。専門は多岐にわたり、工学や公衆衛生から、古典や音楽まで、分野に偏りがないように意図的に採用されている。カレッジで研究しているわけではないので、頻繁に顔を合わせるわけではないのだが、カレッジでは週に2回フォーマルディナーが開催されており(フェローは週2枚のチケットを与えられ、それを自分が2回行くか、ゲストを誘って1回行くのに使えることになっている)、そこで顔を合わせたり、月に1回、Governing Body MeetingというJRFだけでなくカレッジのフェロー全員の集まりがあり、その後にディナーがあるのだが、そこで会ったりするので、だんだんお互いの顔を覚えていく。その他、JRFのWhatsappグループがあったり、コロナ前は週に1回JRFのランチというのを開催していたらしいが、それはまだ復活していない。

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できるだけ週に1回フォーマルディナーに行くようにしている。

まだ薄く広く知り合ったばかりなので、カレッジのポスドクについては皆をきちんと知っているわけではないのだが、その中で一番仲良くなったのが、Chandrimaというインド出身の物理学者である。彼女はなんというか、今まで出会った人の中で一番すごいと思う人の1人である。宇宙物理学者ということで、彼女の研究は私の理解の範疇を超えているのだが、その専門的な内容を素人にも分かるように説明するのがまず圧倒的に上手い。そして全体的にコミュニケーション能力がめちゃくちゃ高くて、彼女の周りには人が集まり、彼女と話せば物理学者に対する社会的ステレオタイプは簡単に粉砕される。さらにその佇まいもすごくユニークでかっこいい。メンズの洋服や、アンティークショップで買ったアクセサリーを自分のやり方で着こなしていて、彼女にしかできないファッションを自分で構築している。

20代半ばから30代前半というのは、多くの人にとって一人の時間が一番長くなる時期だと思う。出生家族の元を離れ、教育課程を終え、(する人は)自分で家族を形成するまでの期間。創設家族を持つことになる人にとっては、長くても10年ほどしかないその期間は、1人をベースに友人や恋人と過ごすのが一般的だと思うが、学校/大学を出ると、新しく人に出会うことも減るし、今までの友達とは徐々に話が合わなくなったりして、だんだんとサークルが狭くなりがちである。私は大学に長くいたのと、留学をしたことによって環境がリセットされ、新しく知り合う人が増えたこともあって、あまりそうした孤独を感じることが少なかった方だと思うが、それでもオックスフォードの最後の方は、新しい人と知り合う機会も減ったし、インセンティブもなくなってきて、少し退屈し、自分が歳を取ったような気になっていた。だが、ポスドクケンブリッジに場所を移したことにより、また新しい人と出会う機会が得られ、生活に弾みが戻ってきた感じがする。環境を変えてよかった。

しかし同時に思うのは、今はポスドクということで幅広く友達になることが可能だが、教員として知り合いもいない街に、仕事のために移住するのは大変だろうなということである。教員として学生との年齢差が広がれば、学生の集まりに顔を出して友達になることはできないし、一方で教員仲間は年代も違ったりそれぞれに家族があったりしてなかなか近づけない、しかし職場以外の人と知り合う機会もない、というような状況になれば、孤独は深まるのではないかと想像する。どこで仕事を得るかというのは、そういう意味でも重要だなと思わされる。

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形式的なものだが、フェローとして迎えられるにあたり何か仰々しい宣誓をさせられた。