紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

2019年1月-3月に読んだ小説

あれよあれよという間に日本は新年度になってしまった。ピカピカの一年生も、ピカピカじゃない一年生も、ピカピカの三年生も、四年生も、かつてはピカピカだったかもしれない大人たちも、それぞれの感慨に浸りながら桜の木を見上げる季節だ。

3ヶ月前には「2018年に読んだ小説」というのをここにまとめてみた。自分が読んだ本を表にしてまとめるというのは、自分としても読書の記録になるが、意外と人から見ても、こんな小説があるのかというような気付きがあったりもするようで、読んでみますとか、こういうのもおすすめだよ、とか教えて頂くこともあった。

なのでまた書いてみようとは思っていたのだが、今年はカタールで自由時間の割に娯楽が少なかったこともあり、年始から読書が捗り、昨年をはるかに上回るペースで読み進めている。なので、今年は実験的に、四半期に区切って読書記録を取っていこうかと思い立った。

2018年に読んだ小説は、合計68冊で、その43%が山本周五郎というたいそうな偏りようであったが、2019年第一四半期に読んだ小説は、45冊で、著者は結構バラけている。以下がそのリストである。 

日付 タイトル 著者
1/8 君の隣に (講談社文庫) 本多 孝好
1/8 みかづき (集英社文庫) 森 絵都
1/8 グラスホッパー (角川文庫) 伊坂 幸太郎
1/12 火喰鳥 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫) 今村翔吾
1/14 九紋龍 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫) 今村翔吾
1/14 夜哭烏 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫) 今村翔吾
1/19 菩薩花 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫) 今村翔吾
1/19 鬼煙管 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫) 今村翔吾
1/19 夢胡蝶 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫) 今村翔吾
1/23 狐花火 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫) 今村翔吾
2/3 つまをめとらば (文春文庫) 青山 文平
2/3 あの家に暮らす四人の女 (中公文庫) 三浦 しをん
2/3 銀河鉄道の父 門井 慶喜
2/6 伊賀の残光 (新潮文庫) 青山 文平
2/6 鬼はもとより (徳間文庫) 青山 文平
2/7 白樫の樹の下で (文春文庫) 青山 文平
2/8 かけおちる (文春文庫) 青山 文平
2/14 乾山晩愁 (角川文庫) 葉室 麟
2/14 春山入り (新潮文庫) 青山 文平
2/14 マチネの終わりに 平野 啓一郎
2/15 エイジ (新潮文庫) 重松 清
2/21 戸村飯店 青春100連発 (文春文庫) 瀬尾 まいこ
2/21 幸福な食卓 (講談社文庫) 瀬尾 まいこ
2/21 図書館の神様 (ちくま文庫) 瀬尾 まいこ
2/21 春、戻る (集英社文庫) 瀬尾まいこ
2/21 天国はまだ遠く (新潮文庫) 瀬尾 まいこ
2/24 吉原手引草 (幻冬舎文庫) 松井 今朝子
2/24 コンビニ人間 (文春文庫) 村田 沙耶香
2/25 しずかな日々 (講談社文庫) 椰月 美智子
2/26 卵の緒 (新潮文庫) 瀬尾 まいこ
2/28 おとこの秘図(上) (新潮文庫) 池波 正太郎
2/28 おとこの秘図(中) (新潮文庫) 池波 正太郎
3/2 おとこの秘図(下) (新潮文庫) 池波 正太郎
3/3 タルト・タタンの夢 (創元推理文庫) 近藤 史恵
3/3 ヴァン・ショーをあなたに (創元推理文庫) 近藤 史恵
3/5 バビロンの秘文字(上) (中公文庫) 堂場 瞬一
3/7 バビロンの秘文字(下) (中公文庫) 堂場 瞬一
3/10 まんぞく まんぞく (新潮文庫) 池波 正太郎
3/10 あかね空 (文春文庫) 山本 一力
3/10 オー!ファーザー (新潮文庫) 伊坂 幸太郎
3/21 損料屋喜八郎始末控え (文春文庫) 山本 一力
3/22 男振 (新潮文庫) 池波 正太郎
3/23 恋愛寫眞―もうひとつの物語 (小学館文庫) 市川 拓司
3/25 ふがいない僕は空を見た (新潮文庫) 窪 美澄
3/27 忍びの旗 (新潮文庫) 池波 正太郎

ここ数年時代小説にはまっていた私は、藤沢周平池波正太郎山本周五郎を順に片っ端から読むという「蝗害型読書」を行っていたため、読むものがなくなる、という危機に瀕していた(と思っていた)。しかし、改めて調べてみると、池波正太郎についてはまだいくらか読み残しがあったことが判明し、それを順に読み進めている。また、池波正太郎については、小説以外にも食に関するエッセイがあり、こちらも味わい深くてよいので、少しずつ読み始めた(だが小説ではないのでここには含めていない)。

また、新たな時代小説の書き手を開拓することができたのも収穫である。それが、今村翔吾と青山文平だ。前者は、知り合いに勧めて頂いたのだが、「ぼろ鳶」シリーズという、江戸時代の火消しを題材にした小説が人気を呼んでいる。この著者、Wikipediaを引用すると、「ダンスインストラクター、作曲家、守山市での埋蔵文化財調査員を経て、専業作家に。」という相当異色の経歴を持っている。「ぼろ鳶」シリーズは、話し言葉ややりとりも現代的で、情景や人物の描写も、良くも悪くも「今風」な印象を個人的には受け、最初は藤沢・池波・山本の重厚な小説群に戻りたいという「ホームシック」にかかったのだが、読み進めていくと、ストーリー展開が巧みで、ぐっと引き込まれる仕上がりになっており、感動と爽やかな読後感を与えてくれる。このシリーズはハイペースで刊行されており、他にも色々な作品があるので、今後も読み進めていきたい。 

火喰鳥 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫)

火喰鳥 羽州ぼろ鳶組 (祥伝社文庫)

 

一方、青山文平は、本格派の時代小説の書き手である。60歳を超えてからのデビューということで、まだ小説家としてのキャリアも長くはなく、作品数も比較的少ないのだが、直木賞を受賞した『つまをめとらば』は、文章も、ストーリーも、上記の3人の巨匠に勝るとも劣らないだけのクオリティがあると思う。葉室麟の『蜩ノ記』もすごいと思ったが、葉室麟の場合作品数が増えるにつれ質が下がり気味になってしまったのと、著者が亡くなってしまった。なので青山文平の今後の作品にはとても期待している。

つまをめとらば (文春文庫)

つまをめとらば (文春文庫)

 

さて、この四半期は、時代小説以外のジャンルも比較的よく読んだ。その中でも自分が気に入ったのが、つい先日本屋大賞の受賞が発表された瀬尾まいこである。瀬尾まいこといえば、有名なのは『卵の緒』や『幸福な食卓』などだと思うのだが、私は『戸村飯店 青春100連発』を推したい。仲の悪い兄弟が、高校卒業後別々の道を歩み、色々な人と出会う中で、お互いのことを大事に思っていることに気づいていく、という話なのだが、大阪出身の彼らにとっての東京のイメージとか、東京に引っ越したときの感じ方とか、自分にも少々覚えがあって面白かった。瀬尾まいこは、独特のシュールなユーモアと、誰も悪人が出てこない、優しい描き方が素晴らしい。

戸村飯店 青春100連発 (文春文庫)

戸村飯店 青春100連発 (文春文庫)

 

もう一つ、平野啓一郎『マチネの終わりに』は、評判が良かったのと、犬猫インスタがおもしろい石田ゆり子が主演で映画化されるということもあって、 前々から読んでみたいと思っていた。文庫化されるまで待とうと思っていたのだが、あるときAmazonがセールをやっていて、Kindle版が安くなっていたので、期待に胸を膨らませて読み始めた。しかし、結論から言うと、驚くほど自分には合わなかった。内容というよりは、書き方が自分には響かなかったのだと思う。読むまでこういうものだと予想していなかったのだが、過剰なまでに飾り立てられた文体や、登場人物の「教養」がちょっと嫌味なくらいに強調されているところが、自分の価値観とは相容れないという気がした。パリで現地人のように暮らす、(西洋の)芸術にも思想にもワインにも造詣が深いフランス語ペラペラのお洒落な主人公、みたいな人間像が「理想型」みたいに描かれているように見えるけれど、「おいおい本当にそれでいいの?それって少し古くない?」と感じる。ちょっとむず痒くなってしまう。もう少し、等身大の我々を肯定してもいいのではないかと思ってしまった。

似たような小説として辻仁成江國香織の『冷静と情熱のあいだ』を思い出したけど、そっちは1999年の小説で、辻仁成は59歳、江國香織は55歳、一方『マチネの終わりに』は2016年出版で、平野啓一郎は43歳。2010年代後半でもまだこういうものが共感を呼ぶのか、と少し意外に思った。実際世間の反応はどうなのだろうとAmazonのレビューなどを読んでみたら、(概ね好意的な反応の中に)どこかに「一昔前のトレンディドラマみたい」という感想があって、ああそうそう、と納得感があった。多分自分がこのように受け止めてしまうのは、西洋と東洋、非西洋から見た西洋、といったテーマに強い関心があるからなのだろうなとも思う。もちろん優れた小説なのだと思うし、だからこんなにも評判になっているのだと思うけど…。

マチネの終わりに

マチネの終わりに

 

自分は芥川賞的なものよりも、直木賞的なものの方が圧倒的に好きで、また読書好きとは言いながらブンガク的なものが苦手なので、平野啓一郎はその苦手なものだったのかもしれない。得意なものだと思って買ったら苦手なものだったということで、それは気づかなかった自分の責任であり、作品自体が良いとか悪いとかいう問題ではない。イカリングだと思って食べたらオニオンリングだった、というような話だ。いや、オニオンリングは明らかに本質的に邪悪な食べ物なので、一緒ではないか。まあ自分に合うものを各人見つけていくのが平和だろう。と言いつつ、他の作品がどんな感じなのかも気になるので、もう1つ2つ読んでみるかもしれない。