紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

非専門家でも読みやすい、国際情勢関連の英文ジャーナル

かつて日本の法学部や法学政治学研究科に所属していた頃、所属を明かすと「弁護士になるの?」と聞かれた。いや、私は法学じゃなくて政治学をやっているんですと言うと、「じゃあ政治家になるんだ?」と続く。政治学者に政治家になりたいかを聞くのは、ミジンコ研究者にミジンコになりたいか聞いたり、物理学者に素粒子になりたいか聞いたりするのと同じですよ、という、どこかで仕入れてきて私のレパートリーの筆頭にあるジョークをお贈りすると、相手はひきつった笑いを浮かべた後、表情を切り替えて「最近の国際情勢はどうよ、トランプ政権とか」と聞いてくる。これが私たちの日常だ。

いや、こうした人たちを責めることはできないのだ。法学部に政治学があることが、国際的に見れば例外的なことだし、法学「政治学」研究科といいながら、私がいた大学院では政治学の人もこれを「法研」と略していた。自己否定じゃないか、と入学した当初は思っていた私も、いつの間にか周りに流されて同じように呼ぶようになっていた。実は政治家になりたい政治学者というのも一定数いることは、猪口邦子舛添要一が教えてくれるし、多分本当にミジンコになりたいのではないかというミジンコ研究者も一人知っている。

日本では国際政治学と比較政治学、地域研究の境目はあいまいで、「国際政治」に何でも背負わせがちだが、国際的に見れば、近年の政治学では、専門分野の細分化と、「一般社会」との乖離が顕著に進んでいる。専門家の間でいわゆる「トップジャーナル」と呼ばれる、American Political Science ReviewやInternational Organizationのような学術誌を専門外の人が読んでも、おそらくほとんど内容が理解できないだろうし、これが一体現実の政策にどう役立つの?という疑問を抱くこともあるのではないかと思われる。

といっても、研究者としては、私はこれに特に反対しているわけではない。過去の研究の上に現在の研究は成り立っているわけで、時間が経過するにつれて議論が精緻化していくのは当然のことだし、高度な学術的な議論を専門家ではない読者が理解できるような水準で行うことは難しいだろう。

しかし、中には上記のような学術誌と比べて、もう少し現実の政治情勢との関連がイメージしやすい形で書かれた論文を掲載している雑誌も存在する。このような雑誌は、通常の政治学の実証論文のような、主張+実証という形で書かれているわけではないため、研究者コミュニティによっては、研究業績としては少し割り引かれてしまう可能性もある。また、分野の重鎮が大所高所から論じる形のものも多く、若手の研究者にはなかなかアクセスし難いという問題を抱えている場合もある。しかし、こうした雑誌であれば、非専門家の人でも読みやすく、新聞や雑誌よりは専門的でありつつ、しかし知識として役立てやすいという、「ちょうどいい」感触が得られるのではないかと思う。

ということで、以下では、私が知っている国際情勢に関連する雑誌の中から、そうした「非専門家におすすめの英文ジャーナル」を、いくつかご紹介したいと思う。なお、断っておくが、下記はあくまで一例であり、また上記の細分化によって、同じ政治学の研究者同士であっても研究テーマによって読む雑誌はかなり異なるため、私が知らないおすすめジャーナルは他にもたくさんあるはずだ。そのようなサジェスチョンも頂ければ嬉しい。

1. イギリス系外交雑誌:International Affairs, Survival

まずは、イギリスのシンクタンクである、王立国際問題研究所(Royal Institute of International Affairs:通称チャタムハウス)が出している、International Affairsを挙げたい。この雑誌は2020年がVolume 96、ということは96年目という、異常に長い歴史を誇っていることになる。地域やトピック毎に分かれていて、沢山の、学術論文としては比較的短めの論文が並んでいる。外交や国際問題に関して、ニュース以上に勉強したい人にとってはうってつけではないだろうか。

続いても同じくイギリスのシンクタンク、国際戦略研究所(International Institute for Strategic Studies:通称IISS)が発行元となっている、Survival。こちらも今年で62年目と、歴史は長い。系統としてはInternational Affairsと同じような感じではないかと思うが、IAの方が論文数も多く、まんべんなく色んな地域がカバーされており、広く読まれていて評価も高い(と思う)。

2. アメリカ系外交雑誌:Foreign Affairs, The Washington Quarterly

一方、アメリカ系で同じような外交関係のものとしては、かの有名なForeign AffairsやThe Washington Quarterlyなどがある。FAはシンクタンクである外交問題評議会Council on Foreign Relations)、TWQはジョージ・ワシントン大学の国際関係大学院、エリオットスクールが発行母体になっている。後者に類似のものとしては、SAIS Review of International Affairsなどもある。

ただ、これらのアメリカ系雑誌は、査読誌(誰でも投稿できて、専門家の査読によって掲載の可否が決定される)ではなく、どちらかというと「論壇」に近いように感じるときもある。外交政策界隈は、シンクタンクや政策担当者とも結びついて、他の国際関係論/政治学とは別個の、独自の世界を構築している印象。

イギリス系の2つは、まあ学会が母体になっているような純粋な学術誌と比べれば、シンクタンク等の世界とは関わりのない研究者コミュニティからは割り引いて見られることもあるかもしれない(そういうふうに言っている人をよく見る)ものの、制度としては一応きちんとした査読誌である。といいつつ、正直、外交政策系は自分の専門とは少し離れるし、独自のコミュニティがあるのであまり知らない。なのでこのあたりにしておく。

3. Journal of Democracy

次に紹介するJournal of Democracyは、「内政版Foreign Affairs」とでも言うべき雑誌である。各国の政治体制、民主主義/権威主義について、政治体制を研究する有名研究者が比較的短めの論考を執筆している。雑誌のEditorial Boardを見ても、大御所が揃っている。

なお、こちらも査読誌ではないが、純粋な研究コミュニティに所属している人でも、CVにこの雑誌の論文が載っている人は多い。というか、有名な民主化関係の研究者なら、誰もがここに一度は書いているような印象すらある。ただ、ここに書いた論文自体が重要な研究業績となるというよりは、重要な研究業績を出した結果ここに載せられる、という逆の因果関係があるように思う。

4. Asian Survey

次は、特定の地域について新聞以上の情報を知りたいという場合。自分は地域研究誌は今のところアジア系しかよく知らないので、1つだけ紹介する。それがカリフォルニア大学バークレー校の東アジア研究所が発行する、Asian Surveyだ。アジア研究の雑誌は他にもたくさんあるのだが、この雑誌は、アジア各国の最近の情勢に特化しているところが特徴的だと思う。

特に参考になるのが、毎年年初に出る、Asia in 〇〇(年度)という特集号で、ここではそれぞれの国について、専門家が過去1年の出来事を論じる。これを追っていけば、各年に各国で何が起きたのか、ざっくりとつかめるようになっている。ありがたいソースだ。

 

とまあ、簡単に私が知っているものだけ少し紹介したが、私の知っている世界はまだまだ狭いので、他にも非専門家が読んでも面白いジャーナルはあると思う。なにかおすすめがあれば教えていただきたい。