紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

坂本さんの手、あるいは「青春」の記憶

上京して大学に入学してからトロントに交換留学するまでの二年ちょっとの間、民間の学生マンションのようなところに住んでいた。大学の寮や県人寮みたいな、共同体的な感じのところではなくて、住人は学生という以外特に共通点もなく、会えば話すことはあるが、濃密な人間関係を強いられることはない。当時豪奢なビルによくつけられていたような大それた名前には似つかわしくない、いたって普通のマンションだった。

ただ、普通のアパートやマンションと少し違うのは、小さいが一応食堂があって、朝食と夕食を、食べたければそこで食べることができるというところだった。朝と夜にはそれぞれ違う人が勤務していて、食事を作ってくれた。ご飯や味噌汁は大釜で作ってあって、自由によそって食べる。おかずは食堂に行ってから準備してくれて、温かいまま食べられる。一人暮らしを始めたばかりの世間知らずな大学生には、今思えばとても楽な環境だったと思う。最初は(明らかに向いていない)県人寮に入ろうと思っていたことを考えれば、一人暮らしと集団生活の間、前者寄りという感じのここを見つけてくれた両親には、感謝するしかない。

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朝食担当の人は、上村さん(仮名)というおばさんで、話し好きで太陽のように明るく、優しい方だった。ずいぶん良くしていただいて、そこを出てからもしばらくは、折に触れてメールのやりとりをしたりしていた。バイタリティあふれる人で、毎朝元気づけられた思い出がある。それに対して、夕食担当の坂本さん(仮名)というおじさんは、ちょっとクセの強い人だった。

まず見た目がいかつい。どっしりとした体格で、いつも険しい顔をしていて、近寄りがたい雰囲気を出していた。そういう人が意外に気さくで優しい、ということは世間では往々にしてあるものだが、残念ながらそれは坂本さんには当てはまらない。見た目の通りの無愛想な人で、大体不機嫌そうにしているのだが、時々機嫌が良いときには、よくわからない自慢話を聞かされた。自分は昔何のビジネスをしていて、誰と知り合いだったみたいなことを言ってみたり、シェフだったとか、よく要領を得ない話を何度か聞かされた覚えがある。とても気を使った。

まあ、要するに世間にはたくさんいる、少々「めんどくさい大人」の一人だった坂本さんには、もっとよくわからない習性があった。坂本さんは、人の好き嫌いが呆れるほどはっきりしていて、食堂にやってくる学生たちの一部を、変な形で「贔屓」した。上でも言った通り、食堂では、おかずはその場で準備してくれて、できたら呼んでもらってカウンターまで受け取りに行く。その受け渡しのときに、坂本さんは時々、山盛りのご飯をなぞるようなジェスチャーを素早く見せ、他の人に聞こえないように、小声で「大盛りにしといたよ」と言うのだった。

なんだ、よくわからないことないじゃないか、と思うかもしれない。しかし、肝心なのは、坂本さんが「大盛り」と言うおかずが、実際に大盛りだったことが一度もないということなのだ。私だけではない。他の学生との間でも、この話題が出たことがあるのだが、そのときにも、「『大盛り』は全然大盛りではない」、ということで皆の意見が一致した。そして、その「大盛り」の「恩恵」を受けていた人数は、意外なほど多かった。坂本さんに嫌われている学生が何人かいて、その人達はそういう「恩恵」を受けたことはないようだったが、それを除けば大多数が「大盛り」になっている。どうやら、坂本さんにとって「大盛り」とは相対的な評価ではなく、本人以外にはわからない絶対的基準に基づいて判断されているようだった。この「大盛り」をされるたび、口では愛想よく「ありがとうございます」と言いながら、どうにも気恥ずかしい思いで胸がいっぱいになった。

気に入られても嫌われても面倒な、坂本さんのこうした習性に若干の苦手意識を持っていた私は、時々あるカレーの日が好きだった。それは、カレーが美味しかった(坂本さんは料理は実際に上手かった)のもあるが、それよりも、カレーはご飯や味噌汁のように寸胴から自分でよそう形式なので、「大盛り」の儀式を経る必要がないというのが大きな理由だった。そういうときは、とっても気が楽だった。

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今年の四月には、大学に入って十年目の年が始まることになる。思い返せば、上京したての最初の二年間は、急激な環境の変化と、子どもから大人への転換期にあって、たくさん失敗もしたし、嫌な思いも恥ずかしい思いもした。だが一方で毎日が新たな刺激に満ち溢れていて、今まで知らなかった世界の扉を開けた、密度の濃い時間でもあった。戻りたいとはあまり思わないけれど、たまにノスタルジックに思い出してしまう。今にして思えば、「青春」などというものが、もしその言葉の外にも本当にあるとしたら、あれがそれに当たるのかもしれない。そう感じられる記憶のなかに、「坂本さんの手」は、奥底の片隅の一番端で、でも確かに存在感を放っている。