紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

英米政治学Ph.D出願の記録 番外編②:オックスフォード政治学博士課程に来た方が良い理由―2019年3月現在

1月は行く、2月は逃げる、3月は去るなどと昔から言うが、今年もあっという間に2ヶ月が過ぎ、3月になってしまった。留学組にとって1月下旬から4月前半の時期は、毎日そわそわする落ち着かない時期である。というのも、出願した大学院から合否が送られて来て、キャンパスビジットに行き、進学先を決めるのがちょうどこの時期だからである。自分の元にも、知り合いからぽつりぽつりと素晴らしい結果や、悔しい結果の連絡が来ている。2月が終わったということは、アメリカの大半の大学の「合格メール」の多くが送り終わったということを意味し、3月に来るメールは良くてwaitlist(補欠)、大抵は不合格という厳しい結果になる(もちろん例外はあるし、イギリスは結果が出るのが3月という場合も多い)。メンタルを大いに削られる時期である(この時期のことについては、こちらの記事こちらの記事を参照)。

運良く幾つかの大学に受かったという場合、その中から自分が今後数年間を過ごす大学を選ぶことになるわけだが、その決断は簡単な場合もあるものの、大体の人は大いに迷うことになる。ではどういう基準で選べばいいのかということは、一昨年以下の記事に自分なりの考えを書いた。

この記事の中で述べている、私が合格した3校の中からオックスフォードを進学先に選んだ理由を抜粋すると、以下のようなことを書いている。

結局自分は「アメリカの最先端」の研究動向とはどこかずれているし、アメリカで就職したいという思いはまったくなかったので、アメリカではなくイギリスに行く、という選択には抵抗はなかった。また、これは本来重視すべきではないのかもしれないのだが、修士の2年間で自分の研究関心とか、その政治学の中での位置などについてある程度考えてきたと思っており、こだわりもそれなりに強い自分にとって、それを一旦リセットしてまた2年間学生としてコースワークをする、というアメリカのPh.Dに行くことを想像すると、ちょっとしんどいというか、避けたいなという思いがあった。そんな中で、オックスフォードの先生が、Skypeで話した際に(嘘か本当かわからないが)「君はトップ合格のうちの1人だ。オックスフォードではPh.Dの院生を単なる学生ではなく研究者として扱うからぜひ来た方がいい。」と熱心に誘ってくれたこと、そしてオックスフォードの一員になり、あの街に住んでみたいという理屈では説明しにくい感情によって、最終的にはオックスフォードに行くことにした。

決断を下した時は、その時手に入る限りの情報に基づいてその時点で最適だと思われる選択をしたわけだが、実際に進学してみると、行ってみなければ分からない色々な事情が見えてくる。なので今回は、決断をした時点から約2年を経て、改めて自分の選択を検証するというか、オックスフォードに来て良かったことと悪かったことを正直に述べたいと思う。事前に思っていた通りだったこともあれば、想像と違ったこともある。今回は、今後政治学の博士課程に留学を検討している人を読者として想定し、その人達にオックスフォードをおすすめする理由について書く。次回は、逆にオックスフォードをおすすめしない理由について書く。これはオックスフォードを想定している人のみを意識して書いているわけではなく、進学先を決める上で、こういう要素もあるのだという一例を示したいという思いがある。

①学際的で枠にはめられることがない

もしあなたが「自分の研究が政治学なのか◯◯学なのか分からない」と思っているならば、オックスフォード政治国際関係学部(以下DPIR)は博士課程をやるのに適した場所かもしれない。歴史的な研究、地域研究に近い研究、国際政治の理論的あるいは哲学的な研究をやりたいという人を、「政治学」という枠に押し込めようとする圧力は、DPIRには「今のところ」存在しないと考えて良いと思う。流行りの研究であろうと「時代遅れ」の研究であろうと、それを受け入れる懐の深さはあると思う。ただ、これはPoliticsよりもInternational Relationsの方により言えるかもしれない。DPIRの博士課程はDPhil in PoliticsとDPhil in International Relationsの2つに分かれていて、別のプログラムとされているのだが、Politicsではナッフィールドカレッジ所属の研究者を中心に、「アメリカの最先端」に近い方向に標準化される傾向がある。 

また、オックスフォードでは学部とカレッジという必ずしも重なり合わない2つの仕組みがクロスしているため、自分のディシプリンとは異なる分野の教員・院生との交流の垣根が低い。カレッジから送られてくるメールには、毎日のように中東研究センターや中国研究センター、アフリカ研究センター、歴史学部といったところのセミナーの案内が載っているし、専門の違う院生と毎日カレッジの食堂で話すこともできる。学際的な幅広い交流の中から、他分野の知見を研究に活かすことを考えたり、自分の分野の常識が他の分野には当てはまらないことに気付かされたりして、自分の視野が広がっていくことを感じることができる。

②自分の研究に集中できる

もしあなたが「TAを義務として課されずに研究に集中したい」あるいは「自分はコースワークをこれまでに積んできたし、自分の研究テーマを既に確立している」と考えているならば、DPIRは良い選択かもしれない。イギリスの人文社会科学系の博士課程では、アメリカの多くの大学院とは違って院生にTAやRAをすることは要件として課されていない。EU圏外の院生にとって、オックスフォードの博士課程に進学するということは、どこかからフルファンディングを受け取っているということを意味するので(オックスフォードの奨学金が充実しているという意味では決してなく、むしろ真逆、つまりフルファンディングでなければ普通の院生に年300万以上の学費+カレッジ費を払えるはずがないのだ!)、TAと引き換えに給料をもらって生活する、という必要がない。週20時間をティーチングに捧げる必要なく、自分の研究を行うことができる。

さらに、IRのプログラムでは1年目の1学期目に3科目、2学期目に2科目、3学期目に1科目を履修すればいいだけで、あとは自分の研究に集中できるし、Politicsのプログラムではそもそも必修授業というものがなく、極端な話まったく授業を履修する必要がない。研究時間は十二分に確保できると言って良い。

もっとも、注意しなければいけないのは、ティーチング経験は将来アカデミアで就職するために重要なものであり、避けるべきものではないということである。私も3・4年目にはTA(といっても大人数クラスを教えるのではなく少人数のチュータリング)をするつもりでいる。ただそれをやらなければお金がもらえないという状況と、それをオプションとして自分の好きな時に選択できるというのでは場合が異なる、という話である。

同様に、自分がこれ以上コースワークを必要としておらず、研究テーマを確立しているという自己認識は、まずは疑ってかかるべきである。3・4年しかないイギリスのPh.Dにおいて、研究テーマを変えてゼロから新しいことをやるのは非常に難しい。自分が考えている研究テーマが博士論文になるものかどうか、慎重に検討し、自分が方法論や各分野の知識について、自習できる範囲以前の基礎的な能力を身に着けているかを問うてみる必要があることは強調しておきたい。とはいえ、完全に博論が書けると入学時点で確信できるはずがないし、知識の習得には終わりが無いから、どこに進学しようが、どこかで「学習」に専念する段階に区切りをつける必要があるのは確かだ。

③早く終わる&居住要件が緩い

以前の記事にも書いたが、イギリスの博士課程は、アメリカのそれと比べて、コースワーク部分にあたる2年分だけ短い。日本と同じく、3年の標準年限で修了するという人はあまり多くはないが、4年くらいでだいたいみんな終わっている印象だ。また、コースワークがないか1年目で終わるので、その後は特にどこに住んでいても問題ない(ただ、合計2年間は住んでいないといけないというルールがあったと思う)。

なので、極端な話、1年目だけオックスフォードに住んで、2・3年目は日本に帰国し、4年目にオックスフォードに戻って博論を書き上げる、というようなこともできるわけなのだ。こうした自由度の高さは、例えば日本にパートナーがいる、とか、日本で何か仕事をしなければいけない、というような人にとっては理想的だろう。全体的に、オックスフォードを含め、イギリスの(政治学)博士課程は「博士論文を書きに行くところ」と考えるのがよいだろう。

知名度・ネットワーク・機会がある

あまりこういう要素を強調するのははしたないと思うのだが、やはりオックスフォードに行く利点の1つに、その知名度があることは否定できない。 結局、各専門分野における各大学の評価の高さを正確に知っている人など、その分野の専門家以外にはまずもって皆無であるし、専門分野の研究者であっても、正直あまり他国の事情には明るくないという人も多いのではないかと思う。同じ研究者同士の評価は当然、業績によってなされるべきであるし、そうなっていると思うが、 それ以外の場で人と関わる際に、エクストラの印象を相手に与えられる、という、生々しい側面があるのは否めない。そればかり気にするのはつまらないことだと心から思うが、所詮人が知っている世界の範囲は狭いので、自分の住んでいる世界の外の人に対する有効なシグナルとして、オックスフォードは機能すると思う。

もっと実用的な利点としては、例えばフィールドワークをする際に、大学の名前を持ち出せば、信用してもらえる可能性は少し上がるのではないかとも思われる。知名度があるということは、色んな場面で役立つということを、カタールでも実感している。結局話を聞いてもらえるか、信用してもらえるかは、自分の中身によるわけだが、最初のハードルを乗り越えやすくする、門前払いを防ぐ、というような効果は間違いなくあるはずだ。

それに加えて、オックスフォードには、国内外から色んな研究者が集まってくるので、講演を聞きに行ったりする機会が沢山ある。各学部や研究所から毎日山ほどイベント情報のメールが送られてくるので、行きたいものに全部行くのは到底無理なほどである。

また、アラムナイのネットワークも各国に存在するので、日本のアラムナイイベントに参加したり、第三国にフィールドワークなどで行った際にも、現地のアラムナイに連絡を取って会ったりすることができる。私もカタールで、カタール人で初めてのオックスフォード生だったというアラムナイに会った。

⑤楽しい

最後に、オックスフォードの生活は純粋に楽しい。 カレッジという仕組みが存在することで、分野や国籍を超えて沢山の友人を作ることができ、ソーシャルに充実した生活を送れるだろう。留学中に日本人とどれくらい関わるかというのは、人にもよると思うが、オックスフォードには日本人留学生も一定数おり、定期的にイベントが催されているので、孤独感を味わうことは少ないはずだ。

それに加えて、オックスフォードはロンドンから電車で1時間ほどなので、大都市が恋しくなったら気軽にロンドンに足を運ぶこともできる。とはいえ、私は大阪・東京という大都市に住んでいたくせに、ロンドンの雰囲気はそこまで好きではなく、研究上の必要からロンドンに行って、オックスフォードに帰ってきた際などは、心から安心するようなタイプなのだが…

また、長期休暇の際など、旅行に行こうとなった場合にも、イギリスならば選択肢は非常に多い。ヨーロッパの魅力は、近距離にそれぞれ異なる魅力を有する国家がひしめいているところで、すなわち、早く安く外国に旅行ができるのだ。これは北米に行ってしまうと決して味わえない旨味で、私がトロントに留学していた際には、「どこまで行ってもカナダかアメリカ」という現実に打ちひしがれていたことを考えると、イギリスはありがたい。

あと、来てから実感したのは、友達が日本や他の国から訪ねて来てくれる頻度が高いということだ。これは、オックスフォード自体が観光地であるのに加え、ロンドンから近いため、ロンドンに仕事や旅行で来た人が気軽に立ち寄りやすいという要因がある。まあ、友達が来やすいのでオックスフォードに進学します、などというちゃらんぽらんな人はさすがにいないと思うが。

ワーク・ライフ・バランスについては、人それぞれ考えがあると思うが、個人的には、研究は人生の一部でしかなく、たとえ数年であっても、研究だけのために人生の楽しみを犠牲にしたくはないと考えている(もちろん、やるべきことはやった上で)。素晴らしい研究をするために、数年間は研究以外をシャットアウトして没頭する、という修行僧的な姿勢は本当に尊敬するのだが、自分はそんなに身体が強いわけでもないし、「生臭坊主」として、現世利益を楽しみながら研究を行っていきたいと思う。オックスフォードを選んだ背景には、そうした考えもあったし、今のところ、その選択は間違っていなかったと思う。

 

今回はオックスフォードのおすすめできる点を列挙してきたが、次回は一転、問題点を指摘したいと思う。 こっちも沢山ある(苦笑)。