紅茶の味噌煮込み

東京駆け出し教員日記

政治学ポスドク就活体験記①:ポスドクの位置づけ

このブログを始めてもう4年近くになるが、そもそもの開設動機は、政治学の分野で海外PhDに出願するための情報を提供するためであった。その後色々と愚にもつかない記事を書き続けてはや4年が経ったわけだが、そんな私もこの3月に博士号を取得し、長い院生生活も終わりを迎えることになった。そうなると考えなければいけない(というか修了する1年前くらいから考えないといけない)のが、就職のことである。これから何回かに分けて、私が体験したポスドク就活について、つらつらと書いていこうと思う。

なお、PhD出願の記事シリーズは、「ハウツー」的な意味も込めて、様々な側面について結局15記事も書いたのだが、今回はあくまで私の体験談を中心に簡単に書くだけにする。というのも、大学院出願の場合と違って、ポスドクの就活には決まったシステムがあるわけではなく、また留学と比べて対象となる読者もかなり狭くなる。さらに、私はまだ一回ポスドク市場に出てみただけで、網羅的にチャレンジしたわけではないし、教員ポストを含めたアカデミア就職については、今後数年で本格的にトライしていく、という中間的な段階なので、今言えることに限りがある。最後に、「主要な理由ではないが」、詳しく書くのがめんどくさいということもある。

ここで記載する内容は、政治学・国際関係論のポスドク市場には当てはまると思われるが、他の分野には当てはまらないと思って読んで頂きたい。分野によってシステムは全く異なることが多いので、他分野の方は話半分に読み、違いを実感して頂くぐらいがちょうどいいと思う。 

欧と米の違い

まず、ポスドクというのは何かというと、postdoctoral researcher/fellow/research associate、つまり、博士号を取得した研究者で、そのうちAssistant/Associate Professorなどの職についていない任期付きの者を指す。多くは博士号を取りたての若手研究者で、任期なし(あるいはテニュアトラック)の大学教員になるまでの「つなぎ」のポストである。

政治学において、「ポスドク」という存在の扱いは、アメリカとヨーロッパ(あるいは北米とそれ以外と言ってもよいかもしれない)で異なると言われる。最近はそれを維持することも徐々に難しくなりつつあるようだが、アメリカでは、博士号を取得したての研究者が、そのままストレートにテニュアトラックのAssistant Professorになることがエリートコースで、そうした人を雇うことが普通に行われる。一方ヨーロッパでは、博士号を取りたての研究者がいきなりLecturerやAssistant Professorといった職につくことはほとんどなく、まず数年間ポスドクとして研鑽を積んで業績を出すことが求められる。私の知り合いの中で、いきなりLecturerとして採用された人は1人しかおらず、その人はPhD在学中に、ヨーロッパでは国際関係論のトップジャーナルの1つとされているEuropean Journal of International Relationsに単著論文を掲載していた。

なお、Lecturer(講師)というポジションの意味も英米で異なり、イギリスでは概ねこれはAssistant Professorと同義で、fixed-termと書かれていない限り常勤の任期なしポジション(日本で言う専任講師)を指すが、アメリカでは通常、テニュアトラックではない任期つきのポジションという意味になる。日本ではアメリカが「海外」として参照されがちだが、様々な側面において、日本のアカデミアのシステムは、アメリカよりもイギリスに近いと感じる。

ポスドクの位置づけの違いは、おそらくは欧米の博士課程の長さの違いと関係しているのではないかと思っていて、つまりヨーロッパの博士課程は3-4年、アメリカは5-6年なので、その差の2年間くらいが、ヨーロッパにおいては「追加のトレーニング期間」としてデフォルトになっているのではないかと思われる。3-4年で博論を書きながら出版も行う、というのはかなりきついので、ポスドクの間に研究に集中して業績をあげ、教員ポストの就職市場に参入する、ということになる。

あとは、PhD出願のときにも感じたが、ざっくり言って、若手ポジションに対して、アメリカは「ポテンシャル採用」、ヨーロッパは「積み上げ型採用」が多いと感じる。アメリカのテニュアトラックの仕事が決まった人のCVを見てもまだ出版された業績が1つもない、ということはままあるのに対して(最近は競争が激しくなって変わっているとは思うが)、ヨーロッパではそういうことはまずない。では欧米以外はどうなのか、と考えると、私の知る限りほとんどがヨーロッパに近い形、すなわち、いきなり博士号取りたての人を雇うのではなく、ポスドクなり任期つきのポジションなりを経た人を数年後に雇う、というパターンであるように見える。ただ、こうした国々でも、アメリカPhDを雇う時にはなぜかポテンシャル採用が適用されがちなのは謎である。それだけアメリカ(トップスクール)の博士号が高く評価されているということだろう(イギリスPhDの不平)。

そういうわけで、ヨーロッパではポスドクは「アカデミックキャリアのための必須条件」であるのに対して、アメリカでは「テニュアトラックポジションに採用された人が研究だけに集中できる猶予期間として両取りするもの」あるいは「テニュアトラックポジションに対する次善の選択肢」という位置づけになっている。もちろん例外はあると思うし、最近ではアメリカも就職市場が厳しくなるにつれて、ポスドクや任期つきポジションが増え、徐々にヨーロッパ市場に近づいているとも言われている。

そしてこのような事情からか、アメリカではポスドクはほとんどが1年間だけであるのに対して、ヨーロッパでは2-3年のものが多い。私は、1年間のためにコロナの中で別の国に移住して、またすぐ就活しなければいけないのは割に合わないと思ったので、アメリカのポスドクには2年任期のもの1つを除いて出さず、ヨーロッパやアジアのポスドクにだけ応募した。

長くなってきたのでとりあえず今回はこのへんで。